秘密保護法の大幅な拡大をもたらし、日本を「死の商人国家」とするセキュリティ・クリアランス束ね法案(拡大秘密保護法案)に強く反対する声明
2023年7月25日
秘密保護法対策弁護団
経済安保法に異議ありキャンペーン
1 経済安保分野におけるセキュリティ・クリアランス(以下、「SC」と言う)に関する有識者会議の中間論点整理
(1)2023年6月6日、経済安全保障分野におけるSC制度等に関する有識者会議の中間論点整理(以下、単に「中間論点整理」と言う)が公表された。
これまで、経済安保分野において、同盟国との共同研究を行うに際して、日本において民間企業の職員に対する包括的なSC制度がないことが情報を共有するための障壁だと強調され、SC制度を導入しようと喧伝されてきた。しかし、中間論点整理では、より大規模な法改定が準備されているとみてよいだろう。
(2)まず、経済安保の四分野(①特定重要物資(抗生物質・肥料原料・レアメタルなど)の安定的な供給(サプライチェーン)の強化、② 外部からの攻撃に備えた基幹インフラ役務の重要設備の導入・維持管理等の委託の事前審査、③先端的な重要技術の研究開発の官民協力、④原子力や高度な武器に関する技術の特許非公開)を特定秘密保護法の中に取り込むこととされている。
そして、サプライチェーンや基幹インフラに関与する多数の民間事業者、先端的な重要技術の研究開発に関与する大学・研究機関・民間事業者の研究者・技術者・実務者とその家族や友人・同居人などの膨大な数の人々がSCのためのプライバシーチェックの対象とされることとなる。
そして、これらの秘密の漏洩も、10年以下の拘禁刑の対象とされる。
(3)改定の対象とされる可能性のある法律は多方面に及んでいる。特定秘密保護法への前記の経済安保の四分野の取り込みは必須として、さらに、サイバー脅威情報とその防御策、宇宙サイバーの国際共同開発なども対象とすることが検討されている (中間論点整理2~5頁)。
また、日本の法制のもとでは、特定秘密と国家公務員法上の守秘義務の対象とされる秘密には「秘」しかないが、秘密指定の多段階化が宣言されている。トップシークレット(機密)・シークレット(極秘)・コンフィデンシャル(秘)の三段階化が検討されており、現状で「取り扱い注意」とされていた情報も、罰則付きのコンフィデンシャル情報とされる可能性がある (中間論点整理5頁)。
また、情報保全の対象となる産業は軍需産業にとどまらないため、民間企業が政府との間で順守すべき事項を包括的に規定するために、アメリカの「国家産業保全計画」及びその運用マニュアルの導入も検討するという。
さらに、民間までを含めた、ポータビリティ(可搬性)のあるセキュリティ信頼性の確認手続きの導入も目指されている(論点整理6頁)。そして、信頼性確認に関する調査とプライバシーの保護、労働法令との関連の整理も行うとされ、個人情報保護、労働分野の法令の改廃も予定されている(論点整理7~8頁)。
論点整理の最後には、今後の法的課題として、公文書管理に関わる諸制度、原子炉等規制法、営業秘密制度(不正競争防止法)、特許出願非公開制度、輸出管理制度も検討対象とすると宣言されており、極めて多数の法制度を改定する大規模な束ね法案となる可能性が高い(論点整理8頁)。
2 SCの法制化は「拡大秘密保護法」そのもの!
中間論点整理が想定している法制度の改変がもたらす問題点は、以下のとおりである。
最大の問題は、国や軍需産業だけでなく、デュアルユース研究まで、厚い秘密のベールで覆う、膨大な束ね法案=「拡大秘密保護法案」となるということである。これにより、日本経済の国家統制が強化され、軍産学共同の軍事国家化が進むことになり、産業の自由な発展が阻害される。
広汎な分野の情報が秘密とされ、それを監視するシステムが構築され、監視社会の出現とともに、さまざまな問題を公に議論の対象とすることが難しくなり、知る権利や表現の自由、発表の自由が侵害されることが危惧される。原子炉等規制法も対象とされており、次世代革新炉の研究開発などが秘密のベールに覆われて、その批判が難しくなる。
また、サプライチェーンや基幹インフラのような、膨大な産業分野で働く労働者(研究者・技術者、実務担当者等)及びその家族・友人・同居人・隣人等が、SCの対象とされ、適性評価(信頼性の確認)を受けることになる。秘密情報を取り扱う担当者ばかりでなく、関連する広範な人々までがプライバシーを侵害されることが危惧される。適性評価は「任意」とされるが、拒めば、会社が取り組む情報保全の部署から外されたり、退職を迫られたりする可能性がある。
この守秘義務は、部署を離れても、退職しても機密が解除されるまでは一生続く。研究者や技術者の場合、自らの専門分野を活かした転職は難しくなり、研究発表や研究交流、特許取得も難しくなる環境下で、軍事に関連する分野で働き続けるしかなくなることが危惧される。
3 特定秘密保護法の構造的欠陥は残されたまま
国連自由権規約委員会は第六回(2014年)・第七回(2022年)の審査で、特定秘密保護法について、①特定秘密の対象となる情報カテゴリーを明確にすること、②国家の安全という抽象的な概念により表現の自由を制約するのではなく自由権規約19条3項に則った制約となるようにすること、③公共の利益に関する情報を流布することにより個人が処罰されないことを保障することを政府に求め続けている。
秘密保護法には根本的な欠陥があり、何が秘密に指定されるかが限定されず、政府の違法行為を秘密に指定してはならないことも明記されていない。公務員だけでなく、ジャーナリストや市民も、独立教唆・共謀・煽動の段階から処罰される可能性がある。最高刑は懲役10年の厳罰である。政府の違法行為を暴いた内部告発者、市民活動家を守る仕組みも含まれていないし、政府から独立した「第三者機関」も存在しない。
特定秘密の2021年末時点での指定件数は659件で、防衛省の指定件数が最も多く、375件に及ぶ。同時点での特定秘密が記録された行政文書数で見ると、防衛省は20万5454件という膨大な数に上る。特定秘密の取扱いの業務を行うことができる者の数は、全体が13万4297人のところ、防衛省が突出して多く、12万3234人で、90%を超えている(2022年6月付け政府報告参照)。秘密指定の基準を示さず、防衛省が特定秘密の指定を乱発し、秘密の範囲が拡大し、かえって秘密の管理が困難になっていることが予想される。
中間論点整理では、上記のような秘密保護法の問題点を払拭しようという視点は全くなく、秘密保護法の構造的欠陥はいずれも残されたままである。
4 日本を「死の商人国家」としてはならない
先の国会では、「防衛省が調達する装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する法律」という名の軍需産業強化法が成立した。これは軍需産業に国の予算を投じ、経費の直接支払、助成金の交付、資金の貸付の配慮などを行い、それでも事業撤退の可能性があれば製造施設の国有化までできるというものである。
同法案を審議した本年5月30日の参院外交防衛委員会で、杉原浩司NAJAT代表が参考人として意見を述べ、同法案は、攻撃的な殺傷武器の輸出に道を開き、日本の「死の商人国家」への堕落をもたらすと厳しく批判した。そして、同法成立後、実際に殺傷武器の輸出解禁が与党協議の「論点整理」の基軸となっている。
加えて、同法は「企業版秘密保護法」でもあり、防衛相が「装備品等秘密」を指定し、契約を結んだ企業の従業員に守秘義務を課し、漏らした場合の刑事罰も規定している。装備品等秘密の要件はあいまいで、特定秘密保護法と同様の問題を抱えている。秘密保護法対策弁護団は、同法が国の特定秘密保護制度を軍需産業従事者にまで拡大するものであって、「企業版秘密保護法」を制定しようとするものにほかならないと批判してきた。
同法での刑事罰は、拘禁刑上限1年とされているが、SC法案によって、特定秘密保護法レベルの上限10年に引き上げられる可能性がある。
5 まとめ
現時点では法案そのものは上程されていない。しかし、中間論点整理からは、秘密保護法の経済安保分野への大幅な拡大をもたらすセキュリティ・クリアランス束ね法案、すなわち拡大秘密保護法案が出てくることは容易に想定できる。政府が秋の臨時国会に向けて法案の準備をしていることは明らかである。
そして、そのような法案は、日本経済の軍事化につながる。日本を「死の商人国家」にしてはならない。
私たちは、特定秘密保護法をはじめとする秘密保護制度の拡大に反対し、この秋の臨時国会にも提案が準備されている秘密保護法の経済安保分野への大幅な拡大を内容とするSC束ね法案(拡大秘密保護法案)に強く反対する。
以上
【賛同団体】
秘密保護法廃止へ!実行委員会