【報告】情報監視審査会設置に関する国会法改正法の成立について |
―秘密保護法体制に絡め取られていく立法府―
海渡 雄一(弁護士)
2014年6月24日
1. 国会は二度死んだ
国会に「特定秘密」の追認機関となる「情報監視審査会」を作る国会法改定案は、6月19日に参議院議院運営委員会(議運)で審議入り(3時間)したばかりにも関わらず、20日の午前2時間、午後2時間という計7時間のみの審議を経て、議運で15時55分頃、参考人質疑すら省いて強行採決された。民主、共産の他、衆院で賛成した維新、みんな、結いも慎重審議を求めて反対した。そして、夕方に始まった本会議で、21時30分に賛成146、反対78(民主、共産、社民、生活他が反対、みんなは賛成、維新、結いは棄権)で可決成立した。
また、国会法改定案に関連する「参議院規則の一部を改正する規則案」、「参議院情報監視審査会規程案」の両案も、21時40分頃、賛成134、反対91で可決成立した。
この国会法改正と規則案・規程案の拙速きわまりない審議と成立は、議会制民主主義の暗い未来を暗示している。当日の院内集会と記者会見でも申し上げたが、国会審議を傍らで見ていて、6月20日は昨年12月6日の秘密保護法成立に引き続いて、「国会が行政と秘密の前にひれ伏した日」となったと感じた。この屈辱を決して忘れまい。
6月16日には、社民党・共産党と無所属議員二名によって秘密保護法廃止法案が参議院に提案された。国会閉会時に廃案になったとはいえ、市民の悪法廃止の声を議会の内部に届けることができたことを歓迎したい。次の国会時には、民主党などにも呼びかけ、より広範な勢力によって秘密保護法廃止の声が高まるように、努力を続けたい。
2 国会による秘密指定・解除の監視というコンセプトについて
特定秘密保護法附則10条は、「国会に対する特定秘密の提供については、政府は、国会が国権の最高機関であり各議院がその会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定める権能を有することを定める日本国憲法及びこれに基づく国会法等の精神にのっとり、この法律を運用するものとし、特定秘密の提供を受ける国会におけるその保護に関する方策については、国会において、検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」と定めていた。私は、秘密保護法はいったん白紙に戻して、現在の国際水準に即して情報公開制度と公文書管理制度全体を作り直すべきであると考えている。しかし、秘密保護法の廃止がいますぐ実現することが難しいのであれば、国会に秘密保護に関する監視機関を作ることには意味があると考える。
アメリカでは上下両院にそれぞれ情報特別委員会があり、中央情報局(CIA)をはじめとする政府機関と軍の情報活動などを監視している。ドイツでも議会監督委員会が連邦情報局など情報機関に対して情報開示を求めたり、職員の事情聴取をしたりする権限を持っている。しかし、制度の作り方によっては、国会は行政機関の統制のもとに置かれ、最高機関性を奪われてしまう危険性すらある。
欧米で国会に設置されているのは、情報機関の活動と予算に関する監督機関が主であり、秘密の指定・解除に関する監視機関が設けられている例は見出せない。それは、国会という機関の中に秘密の指定と解除に関する監視機関を作ることが非常に難しいからだろう。
まず、行政機関内部の独立性の確保できる場所に、人員的、財政的な独立性の確保された第三者機関を作るべきだ。そして、このような機関の設置において最も重要なことは秘密を指定する機関に所属していた経歴の持ち主を排除することはできないとしても、少なくとも、第三者機関から、もう一度秘密指定機関に戻るような人事はあってはならないと言うことである。
3.アメリカの事例から学ぶべきこと
特定秘密保護法が施行された後に,実際に国会の第三者監視機関が直面する事態を想定する際の参考として,以下のようなアメリカの事例を紹介する。
(1) 政府による違法な盗聴プロフラムの実施
NSAの監察官が9.11後にブッシュ政権がいかに違法な盗聴を行っていたかを詳しく示すレポートによると,政府は,コードネーム「ステラウィンド」という盗聴プログラムを実行し,何百万人ものアメリカ人の交信内容やメタデータを許可なく集めていた[1]
(2)裁判所による違法な盗聴プログラム実施への協力
NSAの内部資料によれば,あるプロバイダーが訴訟リスクを恐れて,NSAに対し電話メタデータの提供を頼まないでほしい,裁判所命令によって提出させるように強制されることを望んできた。そこで,司法省とNSAは,国内での電話メタデータ収集の法的根拠として,第215条(いわゆる「ビジネス記録条項」)を作りだした。そして,2006年5月24日,ステラウィンドの概要を知っている議会内のFISA裁判所のマイケル・ハワード裁判官は,「提出が求められている『有形物』が,FBIの行う正式なテロ捜査と関連していると考える足りる合理的根拠がある」と内々に決定を下し,通信会社に対して,政府へ大量の通話記録を開示するように求める裁判所命令を出した[2]。
このように,アメリカのように情報先進国と言われる国であっても,その行政府が市民のプライバシーを侵害する違法な情報収集を行ったり,議会内の秘密裁判所がその違法な情報収集を阻止するどころか、これを追認するような判断を下すことがありうる。日本でも同様の事態が起こらないという保障はどこにもない。
制度的な安全措置を作らなければ,国会が情報機関に巻き込まれてしまうという事態は避けがたい。国会すら監視機関として機能しないのであれば,スノーデンのような英雄的な公益通報者の登場を待つ他にないこととなってしまう。
4.独立した監視機関とは
秘密保護法案の審議の過程で、にわかに第三者機関の必要性がクローズアップされた。独裁国家ではなく、現代民主主義国家において、政府が秘密指定の基準を作成し、秘密を適切に指定し、指定の解除を適切に行い、秘密文書を確実に保管し、最終的に市民に公開するための法制度を構想するならば、秘密の指定権限を持つ行政機関から完全に「独立した監視機関」がどうしても必要である。
それでは、第三者機関が政府から真に独立機関を作るためには、どのような点が留意されなければならないのだろうか。安全保障と市民の知る権利の調整のために策定された立法者のためのガイドラインであるツワネ原則は第5章において、監視機関のあり方について、詳細に規定している。
(1)原則31
まず、原則31は、監視機関は、監視対象機関からは、組織・運営・財政の面で独立しているべきであるとしている。
(2)原則32
原則32は、独立監視機関が、その責務を遂行するために必要な全ての情報にアクセスできることが、法によって保証されるべきである。情報の機密性のレベルに関わらず、合理的な安全保障上のアクセス条件を満たしていれば、アクセスに制限を設けるべきではない。
(3)原則33
原則33は、独立監視機関は、責務を遂行する上で必要とみなされるあらゆる関連情報にアクセスし解釈できるために十分な法的権限を有するべきである。また独立監視機関は、人物を召喚し記録を取り寄せ、責務を達成する上で必要な情報を保有していると判断された人物に、宣誓の上で証言させる権限を与えられるべきである。法は安全保障部門の組織に対し、監視者が責務を達成するために必要と判断した特定の種類の情報を、積極的且つ速やかに、独立監視機関へ開示することを義務付けるべきである。これらの情報には、法や人権基準の違反の可能性についての情報が含まれ、しかもそれだけに限定されるべきではないとしている。
(4)原則34
原則34では、独立監視機関自身の透明性について規定し、定期的な報告書の作成などを求めている。
このような国際水準に照らして、秘密保護法の下で国会が導入しようとしている「情報監視審査会」も含めて、第三者機関とされる組織をひとつひとつ検討する必要がある。
5.どの範囲で情報共有できるのかが不明確
参議院での審議では、民主党の大野元裕議員が「アメリカ議会の情報委員会では、議員秘書も適性検査の対象になっているが、案ではどうなっているか」と質問したが、自民党の上月良祐議員は、「秘書は対象にならない」と答弁した。大野議員が、適性検査を受けた参議院情報監視審査会事務局職員が、秘書が特定秘密を知っていると気づいたときには、刑事訴訟法にもとづき告発しなければならないのか」と聞くと、上月さんは「今回はなっていない」「運用上の問題」と言った答弁を繰り返したびたび審議がストップした。大野議員から「要するにそこまで詰め切れていないんでしょう。案を撤回する考えはあるか」と質問したが、提出者は拒否した。
このように、議会関係者の間で、どの範囲で情報共有されるのかも明確にはならなかった。
6.秘密の提出・提示要求の要件が不明確
審査会の8人の委員のうち,どれだけの賛成があれば特定秘密の提出・提示を要求できるのかが明確になっていない。
仮に過半数の賛成がなければ要求できないとして,所属議員の数に応じて会派で割り振られるのだとすれば,結局は与党から選出された議員の賛成がなければ秘密の提出・提示要求ができないことになり,議院内閣制の下では審査会が政府の意のままの組織となり、機能不全になる事態が予測される。
例えば複数の委員が要求すれば,政府に提出・提示を要求できるようにして,審査会の政府からの独立性を確保するべきだ。
7.政府に秘密の不提出を認める例外要件が曖昧過ぎる
同法律案102条の15は、内閣が、特定秘密の提出が我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがある旨の声明を出しさえすれば、特定秘密を国会に提出しなくてよいとしている。これは、秘密保護法10条が、特定秘密の提出等が我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがあると行政機関が判断した場合には、国会に特定秘密が提出等されないため、国会の行政監視機能を後退させると批判されている点が何ら払しょくされずそのまま踏襲されていることになる。
秘密保護法10条や本法律案102条の15の定める安全保障に著しい支障を及ぼすとの要件は極めて抽象的であり、いかようにも解釈可能である。このような秘密保護法の考え方そのものが抜本的に変更されなければ、行政機関の判断次第で情報監視審査会が特定秘密の提出を受けない可能性は払しょくされず、どのような監視機関を設置したとしても、特定秘密を見ないまま特定秘密の指定などについての監視を行うことになり、十分な監視を期待することはできない。
8.議事録の非公開期間に定めが無い
審査会の会議が非公開で行われ,その議事録も非公開にしなければならないものが存在すること自体は止むを得ないとしても,特定秘密にも指定期間や解除手続が定められているのだから,議事録の非公開についても,期間制限や解除手続を設けるべきである。
現行の法制度の下では,公文書管理法は立法府の保管する文書については適用を直接受けない以上,議事録について非公開期間の制限や解除手続を設けなくては,情報公開を求めることができず,議事録が永遠に国民の目の届かないところに置かれることになりかねない。
9.内部告発を受けられる仕組みが不十分
公益通報制度は、安全保障や外交に関する分野も例外としていない。しかし、現在の制度は行政機関内部の公益通報に限定されている。国会に情報監視審査会が設けられても、公務員がこの機関に特定秘密の内容を通報する行為も、特定秘密保護法上では秘密の漏えいという扱いを受けることとなる。
内部告発は,審査会が具体的な特定秘密を監視する端緒として重要な意味を持ち,秘密法の運用をチェックする際の有力な手掛かりになる。本来なら国会にも、行政機関に設けられているような、公益通報の受付窓口をしっかりと設けるべきである。
しかし,この法案には,公益通報を法的かつ安全に受け付ける仕組みがない。特定秘密の指定について問題があると公務員が考えたときに,法的に安全に国会に通報できる法的根拠を作らなければならない。これは、このような機関を作る以上必須の措置である。
10.議員に対する刑事罰と懲罰規定の振り分けが不確定
提供された情報を国会議員が国会の外で漏らしたときは,秘密法により最高5年の懲役になる。国会の中で,例えば本会議で特定秘密に触れた場合については,懲罰規定をこれから検討する流れになっている。
水野賢一議員の質問に対して大口善徳議員は免責特権について、「国会議事堂内でも、記者会見やぶら下がりで特定秘密を洩らした場合は、刑事罰の対象になる」と答弁した。さらに、水野議員が細かく質問すると、「理事懇談会は刑事罰の対象になるが、理事会は院内だ(から除外される)」と答弁することになった。水野議員も「要するに詰め切れていないんでしょ」と法案の出し直しを要求された。
そもそも「議員は,議院で行った演説,討論または表決について,院外で責任を問われない。」と憲法51条は定めている。自由な議論が封じられ戦争へと突き進んだ歴史の反省に立った規定である。
国会議員が特定秘密の指定が不当であると考え、国民に向け特定秘密をあえて公表する場合もあり得るはずだ。議員に対する懲罰規定は民主主義の根幹に関わる。この点も十分な時間をかけて、欧米諸国の例なども参考にこの法律の中で、制度設計をしてほしい。
11.審議が拙速であり国民の理解が全く得られていない
情報監視審査会は、秘密保護法上の特定秘密の指定等の運用を監視するために設置されるものとされているが、特定秘密の指定等の監視の在り方は、知る権利、ひいては国民主権に関わる重大な問題である。それにも関わらず、自民党、公明党が、市民から広く意見を聞く手続も経ないまま本法律案を国会に提出し、衆議院で7時間、参議院で7時間の拙速審議によって法を成立させたことは、秘密保護法成立時と同じ過ちを繰り返していると言わなくてはならない。
12.独立した監視機関を求めて
私は、政府の秘密指定を適切にコントロールするためには、いま、提言されている役割をすべて統合し、ツワネ原則に定められた独立性を備えた大きな機関の設立を目指すべきであると考える。そのためにも、法律が制定されてから海外調査をしなければならないような特定秘密保護法はいったん廃止して、既存の国家公務員法や情報公開法、公文書管理法などを含めて、政府の保有する情報の管理制度全体を、市民の知る権利を強く保障する方向で、根本から見直すことが必要であると考える。