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2017年 03月 02日

秘密保護法の1年を振り返る(2017年3月)

1 特定秘密の指定件数は増加の一途
 秘密保護法が2014年12月10日に施行されてから、2年以上が経過した。特定秘密の指定件数は増加の一途をたどっている。
 政府は、2017年1月17日、特定秘密保護法に基づく特定秘密の件数が、2016年末で計487件になったと発表した。※1
 行政文書数という観点からは、まだ数が公表されていないが、2015年6月末時点で約23万件(当時の特定秘密の件数は417件)、同年12月末時点で約27万件(当時の特定秘密の件数は443件)と発表されているところであり、現時点で、膨大な数の行政文書が対象となっていることが容易に推測できる。
 私たち市民の目に見えないところで、着々と、特定秘密は増え続けている。

※1 内閣官房のHPの「特定秘密関連」ページhttp://www.cas.go.jp/jp/tokuteihimitsu/に掲載されている、「各行政機関における特定秘密の指定状況一覧表(平成28年末現在)」を参照。

2 適性評価が拡大し、不適合者や同意拒否者も
 2016年中の適性評価の実施件数は、約9万6000人だった。「特定秘密を漏らすおそれがないと認められない」とされた者が1名いた。また、適性評価を実施するに当たっての同意をしなかった者が36名、一度同意したが取り下げた者が2名いたと発表されている。※2
 特定秘密の増加とともに、適性評価が拡大し、行政機関が不適合と判断する者や、同意拒否者が現れていることが分かる。

※2 内閣官房のHPの「特定秘密関連」ページhttp://www.cas.go.jp/jp/tokuteihimitsu/に掲載されている、「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施状況に関する報告」(平成28年4月26日付け)10~12頁を参照。

3 独立公文書管理監の動き
 特定秘密の指定等に関する検証・監察をおこなう、内閣府・独立公文書管理監は、2016年の報告書をまだ発表していない。
 独立公文書管理監は、2016年4月、外務省と警察庁の計3件の特定秘密に相当する文書が存在しないとして指定の解除を求めた。これを受けて、両省庁は指定を解除した(2016年5月23日付け毎日新聞)。
 さらに、独立公文書管理監は、同年8月、防衛省が指定した特定秘密に関して3件の不適正な運用があったとして、初の是正要求をした。防衛省は2014年12月、外国企業の衛星が撮影する建物などの名前が記された計画書を特定秘密に指定していたところ、2015年、経済産業省と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の衛星が撮影する対象物も同じ計画書に追加記載していたが、これは別途、秘密指定を受ける必要があるものであった。防衛省は、是正要求を受けて新たに2件を特定秘密に指定した。このほか、対象期間内に文書が作成されなかった特定秘密の解除を求め、文書に赤く記さなければならない「特定秘密」の表示が黒色だったとして是正を求めたという(2016年8月19日付け毎日新聞)。
 独立公文書管理監が検証・監察のために、各行政機関からの説明聴取、行政機関に赴いての実地調査等をおこなっていることは評価すべきであろうが、運用に形式的・手続的な違反がある場合にのみ、指摘・是正をしているようにも思われる。もっと内容に踏み込んで検証・監察が充実されることが望まれるところである。

4 情報監視審査会の動き
 国会は衆参両院に情報監視審査会を置いている。原則非公開で、所属する議員には守秘義務を課し、携帯電話の電波も届かない部屋で、秘密保護法の運用をチェックする機関である。
 参院の審査会は、7月に参院選があった影響もあり、半数の4人が入れ替わった。2016年12月5日付け毎日新聞によれば、審査会は、審査の前提を欠いたまま、本題に入ることができなくなっており、2015年に指定された特定秘密61件の妥当性がおもな審査課題だが、指定した省庁の説明聴取が始まっておらず、2017年3月までに年次報告書を作成するのは難しい状況になっているという。
 衆院の審査会は、2015年の特定秘密の指定状況などについて11省庁からの説明を聴取し、2016年11月30日には、警察庁と経済産業省から特定秘密を記録した文書や画像を提供させてチェックした。警察庁の特定有害活動(スパイ活動)にかかわる特定秘密の文書の中に30年以上前の古いものがあり、特定秘密としてふさわしいかを調べたという。2017年3月に報告書を公表する方向とのことである。
 国会による運用監視が期待されていたところであるが、審査会が十分機能しているとは言いがたいところである。
(弁護士・海渡双葉)

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by himituho | 2017-03-02 20:35 | 弁護団メンバー記事
2016年 08月 26日

テロ対策を名目とする共謀罪法案に反対する!

テロ対策を名目とする共謀罪法案に反対する!
-国連組織犯罪防止条約批准のためには
共謀罪法制は必要不可欠ではない-

2016年8月26日

海渡 雄一
(弁護士・秘密保護法対策弁護団共同代表)

目次
第1 テロ対策と共謀罪を結びつけるのはまちがい
1 共謀罪法案再上程の動き
2 組織犯罪条約はテロ対策とは無関係
3 国連越境組織犯罪防止条約はテロ対策と無関係である
第2 共謀罪法案とは
1 政府案の内容
2 共謀が処罰されるということの持つ意味
3 共謀罪の基本的な問題
4 秘密保護法にも規定された共謀・教唆・煽動罪
第3 条約起草の経過と基本的事項
1 国連 越境組織犯罪防止条約の起草の経緯
2 本条約の名称とその概要、付属議定書について
3 条約審議における日本政府の対応
4 条約の批准の状態
5 議会・国際人権団体のチェック機能が機能していない
6 国際人権法の原則にも違反しかねない
第4 「共謀罪」法案と越境組織犯罪条約
1 政府案
2 条約の適用範囲と政府案との異同
3 条約5条と政府案
4 政府法案提出時における日弁連の意見
第5 共謀罪法案の審議経過
1 共謀罪法案の審議経緯
2 民主党修正案
3 与党修正案と民主党案の丸のみ騒ぎ
4 民主党と日弁連の方針転換
第6 条約批准のために共謀罪制定以外に手段はないのか
1 日弁連2006年意見
2 国連立法ガイドが締約国に認めている立法裁量の幅
3 各国が批准のために採った立法措置
4 共謀罪を新設する以外にも条約を批准する方法はある
5 アメリカにも共謀罪が処罰されていない州がある
第7 廃案後今日までの共謀罪問題
1 平岡法務大臣の取組み
2 安倍政権となってからの展開
第8 国会提出が予測される法案とその問題点
1 団体の定義(2条)
2 合意の推進を要件としても、曖昧さは解消されない。
3 共謀罪の犯罪成立要件として「越境性(国際性)」を追加する
4 共謀(合意)の対象となる犯罪としての「重大な犯罪」を限定する。
5 共謀行為の限定
6 自首減免の対象
7 逮捕勾留する際に顕示行為の蓋然性が要件化されているか
8 既遂犯との二重処罰の防止規定
9 まとめ
第9 越境性を要件とすることは認められるか
1 条約第34条についての法務省見解
2 34条2項の立案経過
3 警察学論集の見解
4 法務省解釈に明らかに反する「公的記録のための解釈的注」
5 越境性を要件にして立法化した国があった
第10 共謀罪問題の決着の付け方
第11 参考文献
第12 条約と法案を巡る経過
第13 共謀罪法案の変遷
第14 <付録>現行法上テロ行為を未遂に至らない段階で処罰する規定(2012年日弁連意見書より)


第1 テロ対策と共謀罪を結びつけるのはまちがい
1 共謀罪法案再上程の動き
 2015年11月13日の夜、フランスのパリでスポーツスタジアム、コンサートが行われていた劇場、カフェなど、多くの人が集まる場所を次々に襲撃し、銃で殺害するという残酷なテロ事件が発生した。この事件を受けて11月17日から自民党の副総裁・幹事長・国家公安委員長らが、国内テロ対策の一環として、共謀罪を創設する法案の早期提出を示唆した。
 その後、官房長官・副長官や法務大臣から、法案提出を検討はしているが、通常国会への提案については慎重な発言がなされてきた。
 ところが、2016年8月26日、朝日新聞が、次のように報じた。
「安倍政権は、小泉政権が過去3回にわたって国会に提出し、廃案となった「共謀罪」について、適用の対象を絞り、構成要件を加えるなどした新たな法改正案をまとめた。2020年の東京五輪やテロ対策を前面に出す形で、罪名を「テロ等組織犯罪準備罪」に変える。9月に召集される臨時国会での提出を検討している。
 共謀罪は、重大な犯罪を実際に実行に移す前に相談しただけで処罰するもので、小泉政権が03年、04年、05年の計3回、関連法案を国会に提出。捜査当局の拡大解釈で「市民団体や労働組合も処罰対象になる」といった野党や世論からの批判を浴び、いずれも廃案になった。
 今回は、4年後に東京五輪・パラリンピックを控える中、世界で相次ぐテロ対策の一環として位置づけた。参院選で自民党が大勝した政治状況も踏まえ、提出を検討する。
 今回の政府案では、組織的犯罪処罰法を改正し、「組織的犯罪集団に係る実行準備行為を伴う犯罪遂行の計画罪」(テロ等組織犯罪準備罪)を新設する。
 過去の共謀罪法案では、適用対象を単に「団体」としていたが、今回は「組織的犯罪集団」に限定。「目的が4年以上の懲役・禁錮の罪を実行することにある団体」と定義した。テロ組織や暴力団、人身取引組織、振り込め詐欺集団などを想定している。
 過去の法案では、犯罪を行うことで合意する「共謀」だけで罪に問われていた。今回は共謀という言葉を使わずに「2人以上で計画」と置き換えたうえで、計画した誰かが、「犯罪の実行のための資金または物品の取得その他の準備行為」を行うことを構成要件に加えた。武器調達のためにパンフレットを集めるなどの行為を想定している。
 共謀罪に対しては、一般の会社の同僚らが居酒屋で「上司を殺してやろう」と意気投合しただけで処罰されるといった批判があった。今回は犯罪の構成要件を厳しくすることで、こうした批判を避ける狙いがある。ただ、「組織的犯罪集団」や「準備行為」などの言葉は定義があいまいで、捜査当局によって解釈が拡大される可能性は残る。
 また、対象になる罪は法定刑が4年以上の懲役・禁錮の罪とし、その数は600を超えるとみられる。道路交通法や公職選挙法にも適用されることになり、対象範囲が広いことも議論を呼びそうだ。
 「テロ等組織犯罪準備罪」の罰則は、死刑や無期、10年を超える罪に適用する場合は5年以下、4年以上10年以下の罪には2年以下の懲役・禁錮とした。(久木良太)」

 この記事に書かれているような形で、法案が再提出されるとすると、そこには次のような問題があると考えられる。
① まず、この法案はもともとの政府案からみれば、組織犯罪集団の関与と、準備行為が要件とされた点で修正されたとしているが、2006/7年に政府与党が検討していた修正案よりもむしろ後退している。
② すなわち、自民党はいわゆる小委員会案では対象犯罪を約140にまで絞り込んでいた。しかし、伝えられる提案では、もともとの政府案と同様の600以上の共謀罪を作ることとしている。
③ また、自民党は2006年6月1日に、当時の細田博之国対委員長が当時の民主党修正案を丸呑みすることを提案した。この民主党修正案では対象犯罪を限定し、組織犯罪集団の関与をより明確化し、また犯罪の予備行為を要件としただけでなく、対象犯罪の越境性(国境を越えて実行される性格)を必要としていた。
④ そもそも、この丸呑み騒ぎの後、当時の民主党と日弁連は、ともに越境組織犯罪条約の批准のためには、重大組織犯罪の未遂以前の段階の処罰を可能とする法制度が整っていればよいと考え、現在のままの法制度でも条約の批准には支障はなく、かりに足りない制度があるとしても、時用役を一部留保することも可能だという意見を述べてきた。
⑤ このような観点から見ると、政府が再提出しようとしている法案には新味はなく、2006/7年段階の自民党提案からも大幅に後退している。
⑥ さらに、組織犯罪条約は経済的な組織犯罪を対象とする条約であり、テロ対策とは無関係で共謀罪法案をテロ対策の名目で提案することは従来の政府の説明とも矛盾している。
よって、このような政府提案を認めることは到底できない。

 共謀罪法案については、国連、日本の国会、政府の間で、過去に複雑な経過があるので、少し長くなるが、子細に検討してみることとする。

2 組織犯罪条約はテロ対策とは無関係
 テロ対策を口実として共謀罪法案を国会に提案することに、次の点から反対する。
①  テロ対策のための法制度は完備しており、新たな対策は必要ないし、単独犯によるテロについては、共謀罪は有効性がない
②  国連越境組織犯罪防止条約は経済目的の組織犯罪を適用対象としており、宗教的・政治的目的のテロ対策は条約の目的となっていない。
③  共謀罪なしに国連越境組織犯罪防止条約を批准することは可能であり、国会の承認は完了しているので、すみやかに共謀罪を制定することなく、条約の批准手続を進めるべきである。

3 国連越境組織犯罪防止条約はテロ対策と無関係である
(1)条約の目的は経済的な組織犯罪の取り締まりに限定されている
 自民党小委員会案と最近の自民党・政府の共謀罪制定に関する議論の第1の根本問題は,正面から「テロ対策」を根拠にしたことである。
 そもそも国連越境組織犯罪防止条約が規制の対象としている「越境組織犯罪」とは国境を越えて活動しているマフィアや麻薬の密輸,人身売買などを繰り返している集団の行う経済犯罪である。このような越境組織犯罪に国際社会が立ち向かうために準備されたのが,同条約である。同条約はテロリズム対策のものではない。
 国連越境組織犯罪防止条約第2条は「組織的犯罪集団」の定義として,「金銭的利益その他の物質的利益」を得ることを目的として重大犯罪を行うことを目的とした団体であるとされ,立法ガイドにおいても政治的,宗教的なテロリズムを除外することが明記されている(パラグラフ59)。テロリズムは,組織犯罪ではないということが国連条約における重大な前提となっているのである。

(2)日本政府は国連のテロ対策条約を実施している
 国連は,テロ対策のための条約も多数策定している。ハイジャック防止のためのハーグ条約(1970年),核物質防護条約(1980年),シージャック防止条約(1988年),プラスチック爆弾探知条約(1991年)などがそれである。しかし,国連越境組織犯罪防止条約とテロ関係の条約は国連の中での管轄自体がはっきりと分けられている。
 国連のテロ資金供与防止条約は平成14年に批准され、国内法としてテロ資金提供処罰法が制定された。この法律は2014年に改正され、テロリストが武器を購入するために資金を集めたり、テロリストを援助する目的で資金を提供したりする行為を処罰対象としていたが、テロ行為を容易にする目的で「土地、建物、物品、役務」を提供した場合も処罰の対象とされている。処罰対象者の範囲も、テロリストに直接利益を提供する協力者だけでなく、テロリストを間接的に支援する協力者にまで拡大されている。

第2 共謀罪法案とは
1 政府案の内容
 共謀罪法案は、2000年11月15日に第55回国連総会で決議された「国際的な組織犯罪の防止に関する条約(別名「国連越境組織犯罪防止条約」、「TOC条約」、「パレルモ条約」。以下「国連越境組織犯罪防止条約」と言う。)の中で、「条約締結国は立法化すべき」とされた犯罪である。
 国連越境組織犯罪防止条約自体は、2003年5月に国会で承認され、条約批准のために共謀罪を国内法制化すべきか否かをめぐって、長い論争が繰り広げられてきた。共謀罪は我が国の刑法体系に反するものであり、内心の自由と紙一重の人と人との意思の合致そのものを犯罪化している。処罰範囲の著しい拡大をもたらし、刑罰構成要件がもっている市民にとってどこまでの行為が許されているかという保障機能を害するものである。
 まず最初に国会に提案されていた政府案に沿ってその内容を説明する。
 この政府案は、簡単に言えば、約600種類もの犯罪について、実行を「合意」した段階で処罰するというもので、「合意」を犯罪とするということですから、その「合意」が実際に「実行」に移される必要はない。例えば、誰かが友だちに、「あいつムカつくから殴っちゃおうぜ」と言い、その友だちが「うんわかった」と答えると、それだけで罪を犯したことになるわけである。

 政府案の定める共謀罪の成立要件は次のとおりである。
①長期(刑期の上限)4年以上の刑を定める犯罪について(合計で約600)
②団体の活動として、対象となる犯罪行為を実行するための組織により行われるもの
③処罰対象は、遂行を共謀(合意)した者
④刑期は、原則懲役2年以下。死刑・無期・長期10年以上の処罰が科せられた犯罪の共謀は懲役5年以下
⑤犯罪の実行着手前に自首したときは、刑は減免される

2 共謀が処罰されるということの持つ意味
 人が犯罪の遂行を思いついてから、実際に結果が発生するまでには、次のような段階がある。
 1) 共謀=犯罪の合意
 2) 予備=具体的な準備
 3) 未遂=犯罪の実行の着手
 4) 既遂=犯罪の結果の発生
 これまで、殺人罪や強盗罪、爆弾関係の犯罪など、ごく限られた重大犯罪に限定されて、「予備罪」とが適用されていた。予備罪とは、上に示したように、具体的な準備に着手したことをもって成立する。例えば、殺人を目的とした武器の購入などがこれにあたる。一方、これまでも「共謀」を罪に問うている場合がある。それが「共謀共同正犯」である。「共謀罪が新設される」というと、少し法律を知っている人は、たいてい「それって、いまでも判例で認められている『共謀共同正犯』を法律に明記するだけでしょう」と答える。弁護士の中にも誤解している人が大勢いる。しかし、それはまったく違うのである。「共謀共同正犯」では、処罰のためには少なくとも犯罪の実行が着手されていることが必要である。犯罪が現実のものとなっているときに、その責任を問える共犯者の範囲が問題となって、共謀に荷担しただけの者も責任を問えるというのが「共謀共同正犯理論」なのである。これらと共謀罪の大きな違いは、準備も含めた実行行為が着手されていなくても、その合意だけで罪が成立するという点である。犯罪の「合意」とは、2人以上の者が犯罪を行うことを意思一致することであり、それ以上の、例えば誰かに電話をかける、凶器を買うといった犯罪の準備行為(合意を促進する行為)に取りかかることすらも処罰の要件となっていません。つまり「予備罪」よりも前の段階、そして実行を伴わない「共謀」も罪に問おうというものなのである。
 ちなみに、アメリカの共謀罪では、少なくとも準備行為が開始された事実が必要とされている。また、ほかの多くの国々でも、犯罪の「準備行為」「合意を促進する行為」が要件とされている。つまり世界的には、これらの要件が最低限不可欠であると考えられているわけで、法務省の提案は世界の中で突出していたと言える。
 与党修正案では「犯罪の実行に必要な準備行為その他の行為」が必要とされているが、予備罪よりはかなり広い範囲の行為が入ることになるだろう。たとえば、殺人のためにナイフを買うことが予備行為だとすると「犯罪の実行に必要な準備行為その他の行為」には、ナイフを買うためのお金を預金口座から引き下ろす行為なども入るだろう。
 本稿においては、条約締結のために共謀罪を国内法制化することが絶対に必要なのか、また仮に法制化するとして、適用範囲を限定して、弊害を最小限のものとするため、どのようなことが可能か、あるいは困難かを考えてみることとする。

3 共謀罪の基本的な問題
 伝統的に,犯罪とは,人の生命や身体や財産などの法益が侵害され,被害が発生することと考えられてきた。そして法益の侵害又はその危険性が生じて初めて,事後的に国家権力が発動するというシステムが近代的で自由主義的な刑事司法制度の基本である。人は,様々な悪い考えを心に抱き,口にもすることがあるかもしれない。しかし,大多数の人は,自らの良心や倫理感から,これを実行に移すことはなく,犯罪の着手に至らない。さらに,着手の後にも,自らの意思でこれを中止し,未遂に終わることもある。現在の我が国の刑事法体系が,犯罪の処罰を「既遂」を原則とし,必要な場合に限って「未遂」を処罰し,ごく例外的に極めて重大な犯罪に限って,着手以前の「予備」を処罰するのは,このためなのである。しかも,我が国の刑事法体系では,実行に着手した犯罪であっても,自らの意思で中止すれば,中止未遂として刑を減免してきたし,犯罪実行の着手前に放棄された犯罪の意図は,原則として犯罪とはみなされなかったのである。

4 秘密保護法にも規定された共謀・教唆・煽動罪
 2013年12月に制定された特定秘密保護法に、共謀罪が定められてしまった。公務員が特定秘密を故意に漏えいする行為は懲役10年以下、過失で漏えいする行為は懲役2年以下の刑とされる(23条)。
 公務員以外のジャーナリストや市民活動家も、「秘密を管理するものの管理を害する行為」を手段で取得すれば、懲役10年以下の厳罰が待っている(24条)。
 秘密保護法は独立教唆(本人がその気にならなくてもそそのかすこと)、共謀(二人以上が合意すること)や煽動(集会などで政府の秘密を暴露せよなどと叫ぶこと)も取り締まっているので、特定秘密に触れるところまで行かなくても、嫌疑をかけられる危険がある(25条)。
 このように、秘密保護法は、これまで国家公務員法では原則1年以下、自衛隊法でも5年以下とされてきた刑罰を厳罰化し、また処罰される時期を著しく早めている。一言で言えば、この法律は秘密の漏えいを取り締まると言うより、秘密に接近しようとする行為全体をあらかじめ罰しようとしているのである。
 ジャーナリストが特定秘密とされている事項について、手荒な手段を講じてでも取得しようとする行為は、特定取得行為の共謀罪に問われかねないのである。

第3 条約起草の経過と基本的事項
1 国連 越境組織犯罪防止条約の起草の経緯
 1997年12月12日国連総会は1997年4月にパレルモで、フォンダジオネ・ジョバンニ・イ・フランチェスカ・ファルコーネ(1992年にイタリア・マフィアによって暗殺されたファルコーネ予審判事に因んだ財団)によって組織された越境的な組織犯罪防止のための条約起草に関する非公式会合の報告書に注目する(took note)ことを表明した。
 専門家による政府間会議が1998年2月にワルシャワで開催され、条約内容とオプションを犯罪防止・刑事司法委員会に提出した。  
 1998年4月に開催された犯罪防止刑事司法委員会第7回セッションは、ナポリ政治宣言と組織的越境犯罪に反対するグローバル・アクション・プランの実施に関して会期内のワーキンググループを組織した。このセッションの決議に基づいて、「議長の友人」と呼ばれる専門家の非公式グループが結成され、この第1回の会合は1998年7月にローマで開催され、8-9月にブエノスアイレスで開催された第2回の非公式の準備会合において、条約作成のタイムテープルが定められ、2000年末までに条約案を採択することが承認された。第3回の非公式会合は1998年11月にウィーンで開催され、この場で起草特別委員会の第1回会合の議題の整理が行われた。
 国連総会は1998年12月9日、犯罪防止刑事司法委員会と社会経済理事会の勧告を受けて、国際的な組織犯罪防止のための包括的な条約を起草するための開放型の政府間特別委員会の設立を決定した。
 国連総会のもとに置かれた「越境組織犯罪防止条約起草のためのアド・ホック委員会」において、1999年1月から起草作業が継続されてきた。委員会は11回の審議の後に条約案をまとめ、「越境組織犯罪防止条約」は2000年12月に国連総会で採択され、日本政府はパレルモで開催された署名式で、これに署名した。

2 本条約の名称とその概要、付属議定書について
 1) 本条約の名称
 政府仮訳では、この条約を「国際組織犯罪防止条約」と訳しているが、これは、「transnational organized crime」を「国際組織犯罪」と訳したものである。しかし、正確には「国際的」ではなく、「越境的」とすべきである。条約中には「international」と「transnational」の用語が使われており、仮訳ではどちらも「国際(的)」と訳している。しかし、これでは条約正文の意味を取り違える可能性がある。
 以下の考察では、政府訳では、「国際的」と訳されている部分でも、「transnational」の用語が使われている部分は「越境的」と訳した。これに伴って、条約名称も「越境組織犯罪防止条約」とすることとした。

 2) 本条約の概要
 条約本文はマネーロンダリングの対策が中心の条約であるが、この部分については、「組織的犯罪の処罰と犯罪収益の規制に関する法律」(1999年)で既に国内法が制定されているが、この部分も飛躍的に前提犯罪が拡大されている。
 これに組織犯罪集団に係わる組織参加・共謀の規制の規定と司法妨害の規定が国内法化の義務的条項として規定されており、これが今回の政府案の根拠とされている。
 条約本文中には、盗聴を含む新たな捜査方法、泳がせ捜査の典型であるコントロールドデリバリーや刑事免責などの導入の促進、贈収賄など腐敗防止規定なども規定されているが、それらは批准国に受け入れの選択の余地がある任意的条項であり、今回の国内法化の対象からは原則として除外されている。

 3) 3つの議定書
 なお、本条約には「女性・子どもを中心とした人身売買の防止に関する議定書」「移住労働者の密輸防止に関する議定書」「銃器と部品、構成物、弾薬の製造と輸送に関する議定書」の3つの議定書が付加されている。

3 条約審議における日本政府の対応
 条約審議の冒頭に日本政府が提出したペーパーには、共謀罪の新設は日本の法制度の基本原則から見て不可能と日本政府が考えていたことが下記のとおり明確に記されていたことにも留意すべきである。
「5.(前略)このように、すべての重大犯罪の共謀と準備の行為を犯罪化することは我々の法原則と両立しない。さらに、我々の法制度は具体的な犯罪への関与と無関係に、一定の犯罪集団への参加そのものを犯罪化する如何なる規定も持っていない。」
 このような立場に立って、日本政府は「重大犯罪」を「組織的な犯罪集団に関する重大犯罪」とすること、「その者の参加が犯罪の成就に貢献するであろうことを知って、重大犯罪を犯すことを目的とした組織的犯罪集団に参加すること」の犯罪化を提案していた(A/AC.254/5/Add.3)。
 条約に基づいて新たな立法をするにあたっても、それぞれの国における憲法をはじめとする刑法の基本原則に反するものであってはならないことは、言うまでもない。このことは、条約自体でも明らかにされている(条約第34条第1項)。この点を確認することが、共謀罪問題の解けない知恵の輪を解きほぐす鍵である。

4 条約の批准の状態
 2016年2月現在で批准国は186ヶ国に達している。日本は国会での承認は済んでいるが、政府としては国内法化が完了していないとして批准していない。

5 議会・国際人権団体のチェック機能が機能していない
 最近、組織犯罪条約だけでなく、国際機関が刑事立法の提案を行うことが増えている。サミット、OECD、FATF、EU、ヨーロッパ評議会、国連などが舞台となる。
 これらの条約や勧告の立法・立案過程は警察、検察など法執行機関側だけのメンバーで構成されており、有力な国際人権NGOがほとんど参加していない。その結果として、これらの国際条約や勧告などは著しく法執行側の権限を強めるものとなっている。
 現在の国際刑事立法の制定の過程では、起草と討論の過程には各国の法執行機関のメンバーと外交官しか参加しておらず、条約によって人権を規制される市民の代表は誰も参加していない。
 国際(越境)組織犯罪防止条約の制定過程は、検討の素材となった条約案は少数の「議長の友人」によって起草され、そのもととなったオプションは政府間の非公式会合でまとめられたものである。
 私自身も、1999年5月に日弁連のメンバーとしてこの条約の起草のためのアドホックミーティングについて立ち会う機会があった。このときはマネロンのパートの審議であったが、犯罪立証を容易にする方向での意見が目立った。各国からの代表は外交官と法執行機関の代表であり、民主主義的な多元性が欠けている。
 このような経過から、必然的に、これらの国際条約や勧告などは草案の段階から著しく法執行側の権限を強めるものとなっており、これを審議する各国の政府代表も、むしろ政府機関の権限を強める提案を歓迎するものがほとんどで、起草過程で聞かれる意見の多くも、草案を支持する立場での微調整案であり、国内法との乖離があまりに大きいと国内立法が技術的に難しいなどとする意見にすぎなかった。
 各国の立法機関は、ひとたび条約が起草されてしまった後には、その内容を是正する有効な手段を持っていない。条約を批准するかどうか、条約上許容された裁量の幅のなかでよりよい選択をする以外に方法が残されていない。

6 国際人権法の原則にも違反しかねない
 さらに、これらの条約や勧告はこれまで国際的に確立してきた民主主義的な法制度や価値の原則のいくつかに真っ向から対立する部分を持っている。個人のプライバシー権、刑事司法における無罪推定の原則、集会・結社・表現の自由の保障、弁護権、拘禁された者の裁判所に出頭する権利、公正な裁判を受ける権利などとの衝突が指摘できる。だから、国際機関の条約や勧告をもとに国内立法を構想する際には、思考停止に陥ることなく、国際人権保障の原則との両立を図るために知恵を絞るべきである。

第4 「共謀罪」法案と越境組織犯罪条約
1 政府案
 法務大臣は2002年9月、本条約の国内法化のための「共謀罪(共謀だけで実行の着手がなくても可罰的とする)」、「証人買収罪」、「すべての長期4年以上の刑の犯罪の犯罪収益規制の前提犯罪化」、「贈賄罪の国外犯処罰」などの規定の制定を法制審議会に諮問し、数ヶ月の審議の末、2003年の通常国会に法案を提出した。
 政府が当初提案した共謀罪法案は、条約が認めている「合意を推進する行為」を伴うこと、「組織犯罪集団が関与したもの」という限定を取り外し、また、条約がその精神において求めている犯罪の「越境性」も必要でないものとしていた。共謀罪の適用範囲を、国内の一般犯罪であり、組織犯罪集団が関与しないものにまで拡大して、「一般的共謀罪」の新設を提案したものと評価できる。

2 条約の適用範囲と政府案との異同
 条約第3条には、条約の適用される犯罪の範囲として、「性質上越境的なものであり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するもの」と明記している。
 「性質上越境的なもの」とは、「二以上の国において行われる場合と一の国において行われるものであるが、その準備、計画、指示又は統制の実質的な部分が他の国において行われる場合、二以上の国において犯罪活動を行う組織的な犯罪集団が関与する場合、一の国において行われるものであるが、他の国に実質的な影響を及ぼす場合」を意味するとされている(条約第3条2項)。
 「組織的な犯罪集団」とは、「三人以上の者から成る組織された集団であって、直接又は間接に金銭的利益その他の物質的利益を得るため、一定の期間継続して存在し、かつ、一又は二以上の重大な犯罪又はこの条約に従って定められる犯罪を行うことを目的として協力して行動するものをいう。」を意味するとされている(条約第1条(a))。
 法案に定める共謀罪の構成要件は、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀したもの」とされている。しかし、この団体には、条約上に規定されている「金銭的、物質的な利益を得る目的」「重大犯罪や条約に規定された犯罪を行うことを目的として、協力して行動する」ものであるという限定が全く見られない。犯罪を実行するものの「団体性」と「組織性」だけが要求されている。
 さらに、「金銭的、物質的な利益を得る目的」の点も政治・宗教目的のテロ行為などを規制対象から除外する上で重要であるが、政府案では完全に無視されている。これでは、適用範囲は団体性のある共犯事件のすべてに拡大してしまう危険性があるのである。

3 条約5条と政府案
 条約5条は各国に「共謀」か「団体参加罪」のどちらかを制定することを義務づけている。
「(a) 次の一方又は双方の行為(犯罪活動の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする。)
(i) 金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のために、重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意すること。ただし、国内法により必要とされるときは、そのような合意であって、その参加者の一人による当該合意を促進する行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの
(ii) 組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は犯罪を行う意図を知りながら、次の活動に積極的に参加する個人の行為
a 組織的な犯罪集団の犯罪活動
b 組織的な犯罪集団のその他の活動であって、当該個人が、自己の参加が犯罪の目的の達成に寄与することを知っているもの
(b) 組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の実行を組織し、指示し、ほう助し、教唆し若しくは援助し又はこれについて相談すること。」
 政府案は、この(a)(i)と(b)を立法化したものと考えられる。

4 政府法案提出時における日弁連の意見
 日弁連は、政府案のもととなった法制審要綱について、2002年の段階にまとめた意見において、
1)条約の批准に反対し、要綱案に示された共謀罪の新設にあくまで反対する。
2)仮に、条約を批准するとしても、条約第5条については留保ないしは解釈宣言を行うべきである。
3)仮に国内法化をするとしても、対象犯罪を組織犯罪集団の関与する、越境的な性質を有する犯罪に限定し、推進行為を要件とするべきである。
 との意見をまとめていた。

第5 共謀罪法案の審議経過
1 共謀罪法案の審議経緯
 ここで、共謀罪法案の審議の経過を振り返っておきたい。共謀罪に関して、政府案の国会審議に入ったのは、2005年7月であった。2005年の郵政解散総選挙で自民党は300議席を得た。2005年の臨時国会では本格的な審議が始まった。この審議の中で、「目配せでも共謀は成立する」などの答弁もあり、徐々にその危険性の認識も広がっていった。

2 民主党修正案
2006年4月28日、衆議院法務委員会において民主党は共謀罪法案の修正案を提出した。民主党修正案の内容を次のとおりであった。
① 政府案が犯罪行為の主体となるものを単に「団体」と規定していたものを、より限定的に考えるという趣旨で「組織的犯罪集団」とした。そして、「組織的犯罪集団」とは、「重大な犯罪を実行することを主たる目的又は活動とする団体」と定義した。
② 共謀罪の犯罪成立要件として「予備行為」や「準備行為」が必要であるとした。条約では、共謀罪の成立のために「合意の内容を推進するための行為(学術的には「顕示行為又はオーバート・アクト」と呼ばれます。)」を要件とすることが認められていたが、我が国の刑事法制においては「予備行為」又は「準備行為」が顕示行為に当たるとして、これを犯罪の成立要件とした。
③ 共謀罪の犯罪成立要件として「越境性(国際性)」を追加した。日弁連の意見に基づく修正であった。
④ 共謀(合意)の対象となる犯罪としての「重大な犯罪」を限定した。政府案では、条約の規定どおり、「重大な犯罪」を「長期4年以上(の懲役又は禁固)」の犯罪としていたが、それでは対象犯罪が我が国では615(当時)に上ったため、「長期5年超」の犯罪に限定することとし、対象犯罪を約300(当時)に止めた。

3 与党修正案と民主党案の丸のみ騒ぎ
 これに対して、与党も、同年5月19日に与党再修正案を提出し、激しい委員会審議が行われた。いつ強行採決が行われてもおかしくない状況となった。この事態に対して、衆議院・河野洋平議長から慎重審議の申入れがあり、同月26日から30日までの間、衆議院法務委員長提案により設置された実務者協議会が実施された。
 そうした中、自民党は、細田博之・国会対策委員長が、6月1日、民主党修正案を丸呑みする提案(細田国対委員長は、この提案を「ウルトラH」と呼んだ。)をした。それまでに国会での質疑や質問主意書に対して政府が述べてきた見解のままでは、いずれ「丸呑み」提案が反故にされる虞があり、それらの政府見解を変えさせる必要があった。「ウルトラH」は、やはり、反故にすることを前提として提案されたものであることが判明し、6月2日、民主党は、与党の「丸呑み」提案を拒絶した。その結果、共謀罪法案は、その通常国会では継続審議扱いとなり、2009年7月の衆議院解散によって最終的に廃案となり今日に至っている。

4 民主党と日弁連の方針転換
 このような経緯を経て、民主党内では共謀罪に対する取扱いについて再検討が行われた。その結果、日弁連は批准のために共謀罪を創設することは必要不可欠ではないという意見をまとめた。民主党もマニフェスト2009に同様の方針が盛り込まれることとなった。そのポイントとなる部分は、次のとおりである。
「条約は「自国の国内法の基本原則に従って必要な措置をとる」ことを求めているにすぎず、また、条約が定める重大犯罪のほとんどについて、わが国では現行法ですでに予備罪、準備罪、幇助犯、共謀共同正犯などの形で共謀を犯罪とする措置がとられています。したがって、共謀罪を導入しなくても国際組織犯罪条約を批准することは可能です。」

第6 条約批准のために共謀罪制定以外に手段はないのか
1 日弁連2006年意見
 日弁連は2006年9月14日に「共謀罪を導入することなく国連組織犯罪防止条約の批准手続を進めることを求める意見書」を採択した。この意見書は「共謀罪」新設法案は、我が国の刑事法体系の基本原則に矛盾し、基本的人権の保障と深刻な対立を引き起こすおそれが高く、また、導入の根拠とされている国連越境組織犯罪防止条約の批准にも、この導入は不可欠とは言えないとするものであった。
 この意見書は、このように考える根拠として
「国連の立法ガイドによっても,我が国の刑事法体系において,合意により成立する重大な犯罪を未遂以前から処罰する規定を有していれば新たな立法はしないという選択肢も許容しているとみることができる。日本政府は,従来は自ら「共謀罪は,日本の国内法原則と両立しない」と主張していたのであるから,その「国内法原則」と矛盾する共謀罪立法を放棄するべきであろう。」
「我が国においては,組織犯罪集団の関与する犯罪行為については,合意により成立する犯罪を未遂前の段階で取り締まることができる処罰規定が規定され整備されているのであり,新たな立法を要することなく,組織犯罪の抑止が十分可能な法制度は既に確立されている。したがって,政府が提案している法案や与党の修正試案で提案されている共謀罪の新設はすべきではない。それでも犯罪防止条約を批准することは可能である」と説明している。
 この意見は、2012年に新たな情報を更新してもう一度採択されているが、その根本的な考え方は変わっていない。

2 国連立法ガイドが締約国に認めている立法裁量の幅
 この条約には、条約の実施は各国の国内法の原則に沿って行えばよいと言う条項がある。34条1項である。ここには、以下のように定められている。
「締約国は、この条約に定める義務の履行を確保するため、自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置(立法上及び行政上の措置)をとる。」
 国連が作成した立法ガイド("LEGISLATIVE GUIDES FOR THE IMPLEMENTATION OF THE UNITED NATIONS CONVENTION AGAINST TRANSNATIONAL ORGANIZED CRIME AND THE PROTOCOLS THERETO")には、次のような記載がある。
 まず、36パラグラフでは、「締約国は、組織犯罪条約を実行することに対する特定の立法上及び行政上の措置を実行することが必要である。34条1項に述べられているように、これらの措置は締約国の国内の法律の基本的原則と合致した方法で行うこととなる。」とされている。
 次に、43パラグラフでは、次のような興味深い言及がある。「各国の国内法の起草者は、単に条約テキストを翻訳したり、正確にことば通りに条約の文言を新しい法律案または法改正案に含めるように試みるより、むしろ条約の意味と精神に集中しなければならない。」
「法的な防御や他の法律の原則を含む、新しい犯罪の創設とその実施は、各締約国に委ねられている。」
「国内法の起草者は、新しい法が彼らの国内の法的な伝統、原則と基本法と一致するよう確実にしなければならない。」とされており、条約の文言をなぞる必要はなく、条約の精神に忠実であれば、かなり広範囲の裁量が認められていることがわかる。また、44パラグラフでは、「条約によって、義務づけられる刑事犯罪は当該国の国内法規定や議定書によって制定される法と関連して適用されることとなるだろう」としている。
 さらに51パラグラフは非常に重要なことを述べている。「関連する法的な概念を持たない国においては、共謀罪又は結社罪という名の制度を導入することなしに、組織犯罪に対して効果的な措置を講ずるという選択肢は許容されている。」
 つまり、共謀罪でも結社罪でもない、効果的な組織犯罪対策という第三のオプションもこの立法ガイドは認めている。このオプションは、まさに共謀罪も結社罪も持たない日本のような法伝統に配慮したものといえる。
 しかし、62パラグラフは.「上記の罪は両方(共謀罪と参加罪)とも、犯罪の未遂もしくは犯罪の既遂とは別のものである。」とされており、共謀罪における合意、参加罪における参加がいずれも、未遂に至る前に処罰可能でなければならないことを求めていると理解されているのである。したがって、我が国の法制度の中で重大犯罪について未遂以前に犯罪が可罰的とされ、犯罪を未然に防止するための諸規定がどのように整備されているかを検討することが必要である。

3 各国が批准のために採った立法措置
 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなどの主要国はどこもこの条項に基づいてあらたな立法を行うことなく、この条約を批准しようとしていると説明されてきた。それぞれの国に存在する組織犯罪対策立法で十分であると判断しているためである。しかし、それぞれの国の制度と条約の文言については明確な対応関係は明確でない。アメリカ、イギリスは共謀罪、フランス、ドイツは結社参加罪と説明されてきた。しかし、最近の説明ではフランスでは、共謀罪が選択されたと外務省は述べている。
 フランスの国連条約(国際犯罪組織防止条約)の批准は2002年、そのあとこれに「合わせる」ための国内法整備は2004年になされているようである。「犯されていない罪」に対して「コンピラシー」だけで処罰されることになった犯罪が1種類加えられた(2004年3月9日の法律で刑法に加えられた条項)。「暗殺と毒殺をするよう、誰かに何か報酬や贈り物をあげるか、あげると約束した者は、その犯罪が行われなくても10年の禁固刑と15万の罰金を受ける。犯罪が実行・未遂された場合はこの条項ではなくて、共犯罪として罰せられる」という規定がそれであるという。
 世界各国の国内法の整備状況について,国会で度々質問がなされてきたが,政府は「分からない」としてほとんど説明がされなかった。この点について,次のような事実が明らかになった。国連越境組織犯罪防止条約の批准のために新たな共謀罪立法を行ったことが確認された国は,ノルウェーとブルガリアなどごくわずかにすぎない。
 アメリカ合衆国は,州法では極めて限定された共謀罪しか定めていない場合があることを国務省の大統領あて批准提案書の中で指摘した上で,国連越境組織犯罪防止条約について州での立法の必要がないようにするため,留保を行った上で同条約を批准した。すなわち,アラスカ,オハイオ,バーモントなどの州レベルでは広範な共謀罪処罰は実現していないことを外務省も認めている。アメリカの批准について,政府はこれまでの答弁において,この留保の事実を知りながら,そのことについて全く説明せず,他方で,同条約第5条についての留保は不可能であると逆の説明を行ってきたのである。
 アメリカ合衆国が国連越境組織犯罪防止条約第5条について部分的であるとはいえ,明確な留保をしていることは極めて重大である。このような例に倣えば,我が国も現行法で足りない部分について部分的に同条約第5条を留保することで,現行法を変えることなく同条約を批准する道があることを示しているからである。
 また,国連に正式に報告されているだけで,組織犯罪の関与する重大犯罪のすべてについて共謀罪の対象としていないことを認めている国が5か国,具体的にはブラジル,モロッコ,エルサルバドル,アンゴラ,メキシコの5か国存在することが明らかになっている。さらに,セントクリストファー・ネーヴィスという中米の島国では,越境性を要件とした共謀罪を制定し,留保なしで国連越境組織犯罪防止条約を批准していることも分かった。
 このように,我が国のような広範な共謀罪立法を行った国はほとんどなく,その立法の必要性に関しては根本的な疑問が提起されている。

4 共謀罪を新設する以外にも条約を批准する方法はある
 条約5条は締約国に組織犯罪対策のために「共謀罪又は参加罪」の立法措置を求めている。我が国にも、数々の組織犯罪立法・措置が存在している。まず、共謀罪が13、陰謀罪が8、予備罪が31、準備罪が6あり、57の主要重大犯罪について、未遂よりも前に処罰できることとなっている。この中で、凶器準備集合罪はかなり広範な暴力犯罪の準備段階を処罰できる法律である。最近立法された「特殊解錠用具の所持の禁止に関する法律」は窃盗などの未遂以前の準備段階の行為を犯罪化したものである。強い毒性を有する物質によるテロ防止のための広範な準備行為を処罰するため、「サリン等による人身被害の防止に関する法律」が1995年に制定された。軽犯罪法の1条29号は他人の身体に対して害を加えることを共謀したものの誰かがその共謀に係る行為の予備行為をした場合における共謀者を処罰できるとしている。この罰則には拘留か科料で罰金すら定められていない。
 このような既存の犯罪規定の整備によって、組織犯罪集団に関連した主要犯罪については既に未遂以前の予備段階から処罰できる体制がほぼ整っているといえる。共謀罪の国であるアメリカでは銃の所持が合法であることが重要である。アメリカでは人が自宅に適法に銃を所持することが広範に可能であるが、我が国では銃規制が徹底されており、このことは組織犯罪の未然防止のための措置として特筆すべき効果を発揮している。
 「組織的犯罪処罰法」によって、組織的な団体の活動としての犯罪について重罰化が図られている。1991年に制定された「暴力団員による不当な行為の防止に関する法律」においては、暴力団の組織加入を強制することなどを犯罪化している。これらは、条約5条のもうひとつのオプションである組織犯罪集団への参加の犯罪化に近い行為を捉えて犯罪化していると評価できる。全国で制定されている暴力排除条例は暴力団の構成員との商業取引全体を非合法化し、その活動を封じ込めようとしたものである。2002年には具体的な事件との関連性がなくても、テロ目的の団体への資金の供与そのものを犯罪化する「公衆等脅迫目的の犯罪行為の資金の提供等の処罰に関する法律」がなされた。これらの中には、人権侵害の危険性を根拠に批判が強かった法制度も含まれているが、具体的な未遂に至る前の段階の行為類型への処罰の一環といえる。このように、日本には、その国内の状況に即した広範な組織犯罪立法・対策が存在している。それらは、決して他の先進諸国にもひけを取らないものと言える。条約5条の求める立法措置は実行されているとして、共謀罪なしで条約は批准することは、多くの国々が選択した賢明なやり方であり、日本もこのような方法での批准が可能であると考えられる。

5 アメリカにも共謀罪が処罰されていない州がある
 この法案の提案の根拠として政府はアメリカでは、このような共謀罪が適用されていると説明してきた。しかし、2007年夏以降、日弁連国際室の調査により、アラスカ州、オハイオ州及びバーモント州において、長期4年以上の自由を剥奪する刑又はこれより重い刑を科することができる犯罪のうち、州法上共謀罪の対象となっていない犯罪が存在することが明らかになり、このことは外務省も認めている。 
 このように、連邦刑法が適用されない州内で行われた条約上犯罪とすべき行為について州刑法では共謀罪とされていない部分があることを外務省も認めたのである。アメリカにおいては州はひとつの国家と観念されており、各州がそれぞれの刑法体系を有している。通常犯罪のほとんどは州犯罪であり、州を超えた犯罪、国境を超えたいわゆる越境的犯罪だけが連邦刑法の対象となっている。したがって、すくなくとも、これら3州においては、ほとんどの犯罪について共謀罪の対象から外されていると言わなければならない。アメリカでも、このような極端な共謀罪を規定していない州があるということは前記のような方針の正当性を裏打ちする重要な事実である。

第7 廃案後今日までの共謀罪問題
1 平岡法務大臣の取組み
 2009年9月、民主党政権が誕生した。民主党政権では法務大臣はめまぐるしく交替が続いた。千葉法務大臣、江田法務大臣らの任期では、共謀罪について動きはなかった。
 2011年9月2日、平岡秀夫氏が法務大臣に就任した。平岡大臣は、11月7日法務省の関係部局に対して、また外務省の関係部局に対しては、法務省刑事局を通じて、共謀罪に関する状況調査(条約交渉の経緯、条約締結に向けての各国の対応、「条約の留保」の可能性等)と、共謀罪法案に関する立法方針の検討を指示した。平岡氏の説明によると、立法方針案として指示した内容は、次の通りであったとされる。
「「長期4年以上の懲役又は禁固の刑が定められている罪のうち、TOC条約の目的・趣旨に基づいて防止すべき罪に対して、既に当該罪について陰謀罪・共謀罪・予備罪・準備罪があるものを除き、予備罪・準備罪を創設する」ことには、どのような問題があるか。(国連への通報に示されているサウジアラビア、パナマのケースは、これと類似のケースのように思われる。)」
 しかし、このような方向は、平岡大臣の辞任と民主党政権の崩壊によって実現しなかった 。

2 安倍政権となってからの展開
 2012年12月安倍政権が発足した。共謀罪の新設を求める日米両国の捜査当局の強い意思は一貫しており、自民党は野党時代も共謀罪の制定と条約の早期批准を合わせて求めてきた。FATFも、条約の批准を強く求めており、条約批准に関する公式の意見表明が続いている。
 2013年末に秘密保護法が成立した直後に、今年の通常国会においても、再度条約の批准と合わせて共謀罪の制定が求める動きが浮上した。マスコミや市民の強い反発によって、このような動きは見えなくなっている。しかし、秋の臨時国会以降にこの問題が再度浮上すると考え、日弁連ではワーキンググルーブを改組し、対策本部をつくり、全国の単位会にも対策を急ぐように依頼してきた。

第8 次臨時国会提出が予測される法案とその問題点
 現時点では、法案は公表されていない。朝日新聞の記事は、政府が一部の与党議員に配布した資料に基づいて書かれたものと推測される。法案の全体像には不明な部分も残されているが、この資料をもとにこれを分析している。

1 団体の定義(2条)
 まず、団体と組織についてである。
 政府案は犯罪行為の主体となる者は「団体」に属していることを要件としていた。与党修正案では、組織的な犯罪集団の活動とは、「組織的犯罪集団(団体のうち,その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑若しくは無期若しくは長期5(4の誤記か)年以上の懲役若しくは禁固の刑が定められている罪(別表第三に掲げるものを除く)又は別表第一(第一号を除く)に掲げる罪を実行することにある団体をいう。)の意思決定に基づく行為であって,その効果又はこれによる利益が当該組織的犯罪集団に帰属するもの」とされている。今回の法案はこれを踏襲してくるものと推測される。
 民主党修正案では、「組織的犯罪集団」とは、「重大な犯罪を実行することを主たる目的又は活動とする団体」と定義している。このような修正は、法律の適用範囲はかなり狭めることができ、意義はあるだろう。しかし、政府は一度は自民党が丸呑みにした民主党案より後退した内容といわざるを得ない。
 そもそも、組織犯罪集団の明確な定義はむつかしく、このような主体の限定が有効に機能するかどうかはわからない。この点について、政府が修正案で、この点を修正してくるかどうかはわからない。

2 合意の推進を要件としても、曖昧さは解消されない。
 条約では、共謀罪の成立のために「合意の内容を推進するための行為(学術的には「顕示行為又はオーバート・アクト」と呼ばれます。)」を要件とすることが認められている。
 与党修正案では、「犯罪の実行に必要な準備行為その他の行為」とされていたが、今回の政府案では、「その計画をした者のいずれかによりその計画にかかる犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の当該犯罪の実行の準備行為が行われたとき」という形で、一応限定された。
 民主党修正案では、我が国の刑事法制においては「予備行為」又は「準備行為」が顕示行為に当たるとして、犯罪の成立要件としている。処罰範囲を限定するため、より、限定された推進行為を要件とするべきである。
 多くの国々では共謀罪が存在していても、犯罪の合意だけで犯罪成立としている例は少なく、何らかの「顕示行為」が必要としている例が多い。合意成立後の打ち合わせや、電話での連絡、犯行手段や逃走手段の準備などの行為が必要とされているのである。アメリカ模範刑法典(5.03条5項)も、「合意の目的を達するための顕示行為が自己または他の合意者によって行われたことの立法と立証」が必要としている。
 条約の5条1項(a)(i)も「国内法により、必要とされるときは、そのような合意であって、その参加者の一人による当該合意を促進する行為を伴いまたは組織的な犯罪集団が関与するもの」という要件を付け加えることを認めていた。
 多くの国々が、組織犯罪集団の関与と合意の推進行為を犯罪要件に付け加えている。合意の成立だけで犯罪の成立を認めた当初の政府案、あまりにも犯罪構成要件が広汎かつ不明確であって、刑法の人権保障機能を破壊しかねず、条約に「悪のり」したものであっただけで、この修正は当然のことをしただけであるといわざるをえない。

3 共謀罪の犯罪成立要件として「越境性(国際性)」を追加する
 越境組織犯罪条約は、もともと「国をまたぐ犯罪(越境性のある、又は国際的な犯罪)」を対象とするものである。
 しかし、政府は、「条約第34条の2で国際性の要件を付することを認めていない」と主張して、法案では「越境性(国際性)」」の要件を外して提案している。しかし、条約の本来の目的を考えれば「越境性(国際性)」を付しても良いと考えられる。どうしても、条約の解釈と異なるとしたら、「条約の留保」等を行うことも選択肢となる。
 この点は、民主党案に含まれており、自民党が丸呑みしたものであるが、今回の政府案では取り上げられていない。しかし、この点は、法律の適用範囲を限定する上でも、重要な修正であり、もし共謀罪法案をどうしても成立させるとすれば、この点も掘り下げて再検討すべきである。この点は、第9で再度検討しておくこととする。

4 共謀(合意)の対象となる犯罪としての「重大な犯罪」を限定する。
 政府案では、条約の規定通り、「重大な犯罪」を「長期4年以上(の懲役又は禁固)」の犯罪としていた。対象犯罪が我が国では615(当時)に上った。
 民主党修正案では、「長期5年超」の犯罪に限定することとし、対象犯罪を約300(当時)に止めた。
 その後検討された小委員会案では、いくつかの案が示されており、明確でないが、最大で約200、最小では約140の犯罪を対象としていた。テロ関係・組織犯罪関係とされる犯罪の中にも、いわゆるテロ犯罪・組織犯罪との結びつきが必然的でない一般犯罪が数多く含まれている。このような対象犯罪の限定が必要であり、政府として必要と考えるのであれば「条約の留保」等を行うことも検討するべきである。

5 共謀行為の限定
 政府案には、共謀行為の限定に関する規定はなかった。与党修正案では、これを「具体的な謀議」を伴う共謀という形で限定しようとした。民主党修正案では、「具体的かつ現実的な合意」を伴う共謀とし、さらに限定しようとした。
 今回の政府案では、「遂行を二人以上で計画した者」とされている。

6 自首減免の対象
 政府案は、自首した場合には、無限定かつ必要的に減免することとした。与党修正案は、密告奨励という批判を受けて、「情状により」任意に減免することができると修正した。民主党案では、さらに、「死刑又は無期の懲役・禁固が定められている罪」に限定した。
 ところが、この点については、新たな政府案では、必要的な減免規定に逆転してしまった。

7 逮捕勾留する際に顕示行為の蓋然性が要件化されているか
 政府案では、そもそも,顕示行為の規定がなく、要件化されていませんでした。与党修正案では、「準備その他の行為が行われたことを疑うに足りる相当な理由があるときに限り逮捕・勾留できる」とされた。民主党案では、「共謀に係る犯罪の予備が行われたことを疑うに足りる相当な理由があるときに限り逮捕・勾留できる」とされている。新たな政府案には、このような規定はない。

8 既遂犯との二重処罰の防止規定
 政府案や、与党修正案には二重処罰の禁止規定はなかった。これに対して、与党修正案と民主党案では、「共謀をした者が,その共謀に係る犯罪を犯したときは,当該罪を定めた規定により処罰され,共謀罪の規定により処罰されないことに留意しなければならない」とされた。ただし,与党修正案では、付則で規定している。
 この点も、二重処罰の禁止規定のない法案に逆戻りしてしまっている。

9 まとめ
 このように、共謀罪について適用範囲を限定していく方法はないわけではない。特に対象犯罪を大幅に減らしたり、組織犯罪集団を明確に定義しその関与を求め、犯罪の越境性を要件とすれば、かなりの限定は可能だ。
 しかし、今回の政府案は条約が予定していた限定条項を盛り込んだだけであり、ほとんど限定とならない。むしろ、与党の修正案の段階からも大幅に逆戻りしている。この間の議論の積み上げも無視した政府案には失望を禁じ得ない。
 根本に立ち返って、共謀罪制定を断念して条約だけを批准する、批准してからどうしても足りないところがあれば対応するのが正しい方向性だ。

第9 越境性を要件とすることは認められるか
1 条約第34条についての法務省見解
 条約第34条2項は、「第5条、第6条、第8条及び第23条の規定に基づいて定められる犯罪については、各締約国の国内法において、第3条1に定める越境的な性質又は組織的な犯罪集団の関与とは関係なく定める。ただし、第5条の規定により組織的犯罪集団の関与が要求される場合はこの限りでない。」と規定している。
 法務省は、34条によると各国の国内法化にあたっては、共謀罪(5条)については越境性、マネーロンダリング(6条)と司法妨害(23条)については、越境性と組織犯罪の関与の点と無関係に立法しなければならないのだ、条約を批准する以上他の選択肢はないという意見を述べている。

2  34条2項の立案経過
 この条項は、条約審議の際の最大の難関であった、条約の適用範囲に関する議論の中で提案されたものである。
 34条はもともと23条ter(23条の3)として審議されていた。9回までの審議に提案されていた、1項は現在の1項と同様、「各国の国内法制度の基本原則と従って」対策をとるというもの、2項は最終的な3項と同様、条約よりもいっそう厳格又は厳重な措置をとることができる。」というもので、現在の2項に相当する規定はなかった。

3 警察学論集の見解
 この点について重要な資料は警察学論集53巻9号に掲載された今井勝典「国連国際組織犯罪条約の実質採択」である。この57-58ページに、「国際性」「組織性」の位置づけの問題として説明されている。
 「(2)「国際性」、「組織性」の位置づけの問題
 審議に当たって、最も各国で困難な調整を強いられることになったのが、条約の適用対象とする犯罪に関して、「国際性」や「組織性」をどのような形で求めるかの問題であったと思われる。
 各国の立場を単純化すると二つの極があり、一方は、この条約の対処する犯罪が「国際組織犯罪」であることを根拠にして、各種処罰規定の整備、逃亡犯罪人引渡し、法律上の相互援助、コントロールド・デリバリー等の捜査協力、技術援助等様々な手段の適用は、すべからく「国際性」と「組織性」とを明確に兼ね備えたものに限定すべきとの考え方であり、G77諸国の支持を集めた。
 そしてもう一方は、条約の実際の適用場面を考えると、そうした厳格な限定的アプローチは望ましくなく、何らかの限定が必要になる場合であっても・もっと緩やかなものにしておくべきであるとするもの(柔軟かつ広範アプローチ(flexible and broad approach))であった。
 双方の立場の対立は、第三読終了時になっても埋まることはなく、幾度とない審議の末、第10回会合になって、ようやく現在の形の成案を得たものである。
 基本的な枠組みとしては、「国際性」、「組織性」を掲げつつも・各種犯罪化・犯罪人引渡し、法律上の相互援助といった実務的に重要な分野で「柔軟かつ広範アプローチ」に基づく特則が採用されるという形の決着となった。」
 とされている。

4 法務省解釈に明らかに反する「公的記録のための解釈的注」
 条約は越境性のある組織犯罪を防止するための条約であり、越境性については3条に、組織犯罪集団に関しては2条に定義がある。条約の審議を通じてこの定義は条約の適用範囲を画することを前提に議論されてきた。越境性と組織犯罪の関与と無関係に共謀罪(組織犯罪の関与は除く)やマネーロンダリング、司法妨害の規定をする義務がある等と言うことは本来は、あり得ない解釈である。
 このことは、条約の「公的記録のための解釈的注(travaux prepatoires)」の第34条2項の解釈をみても裏付けられる。この条項は「条約の適用範囲を変更したものではなく、越境性と組織犯罪の関与が国内法化の本質的な要素ではないことを明確化したものである」とし、この条項は、各国は国内法化の際に越境性と組織犯罪の関与とを要素とする必要はないことを示しているとされている。

5 越境性を要件にして立法化した国があった
 カリブ海諸国の一つであるセントクリストファー・アンド・ネイビーでは、この条約に基づいて共謀罪を制定し、条約を批准したが、その対象は明確に越境性を要件とするものとなっている。条約の定義する越境性を持つ行為に限って共謀罪の対象としている。越境性を要件とした場合、条約の批准ができないという政府の説明は事実の前に崩れ去ったのである。セントクリストファー・ネイビーは条約批准に当たって、条約34条2項の留保もしていない。まさに、同国はこの条約の解釈として、越境性を要件とすることができるという前提に立っていることがわかる。締約国会議で、この立法が問題とされたこともない。このように、私は、越境性を要件とすることは、条約の解釈として認められ、留保ないし解釈宣言も本来必要がないと考える。

第10 共謀罪問題の決着の付け方
 共謀罪問題の本質は、ある条約を批准するために、どこまで国内法を事前に改訂する必要があるのかという点にある。
 日本政府は、人権条約に関しては、明らかに条約に反する国内の制度があっても、平気で批准してきた。これは、ある意味では正しい方向性である。少なくとも、批准しないよりはいい。条約を批准してから、世界の動向も眺めながら、法制度の整備をしても良いのだ。何度も改善を勧告されても、全く対応しないのは考え物だが、そのようなやり方は一般的には認められているのである。
 ところが、越境組織犯罪条約については、日本政府は異常なほど律儀に条約の文言を墨守して、国内法化をしようとした。むしろ、一部の法務警察官僚は、批准を機に過去になかったような処罰範囲の拡大の好機ととらえた節がある。もしかすると、アメリカ政府との間で、アメリカ並みの共謀罪を作るという合意があったのかもしれない。
 しかし、世界各国の状況を見る限り、日本の政府案のような極端な立法をした国はほとんど見つけられない。そもそもこの条約は各国の法体系に沿って国内法化されればよいのである。
 日弁連が、起草途中の越境組織犯罪防止条約の問題に関わって、17年の歳月が流れている。私が日弁連の事務総長、平岡氏が法務大臣となった2011年の秋、私たちは、積年の共謀罪問題の決着を図ろうとした。日弁連が提案し、民主党が採ろうとした方向性こそ、条約の批准をめざすための一番の近道であると考えたからだ。一度は、法務省幹部はこのような解決の方向を探ろうとした形跡がある。しかし、外務省は動かず、平岡大臣の辞任と民主党政権の崩壊によって、このような方向での解決は実現しなかった。
 私は、今年の3月に札幌弁護士会で行われた共謀罪の学習会のためのレジュメの末尾に次のように書いた。
「政府の側の顔ぶれも大幅に変わった。官僚にとって、過去に先輩が敷いたレールを引き直すのは容易なことではないのかもしれない。しかし、ことは日本の国の刑事司法の根幹に触れ、人々の法執行機関への信頼を傷つけるかもしれない問題なのだ。共謀罪の一般化は我が国の法体系にそぐわないと、一度は法務省も考えたのではなかったか。だとすれば、そのような方向で解決策を考え直すべきではないか。
 法務省や外務省の中にも、柔軟で現実的なアプローチを考えておられる方がいるのではないか。共謀罪問題に、法的、政治的な決着を付けるために、今一度知恵を絞り合う必要があるだろう。そして、このような知恵が働かず、政府案と同工異曲の新提案が出てくるとすれば、私たちは、全力を尽くしてこれと闘い、刑事司法を破壊し人権侵害を引き起こす共謀罪の新設を食い止めなければならない。」
 残念ながら、政府側には柔軟で現実的なアプローチをまとめられる人はいなかったようである。今回の政府案は、まさに同工異曲の新提案である。残念なことではあるが、私たちは、全力を尽くしてこれと闘い、刑事司法を破壊し人権侵害を引き起こす共謀罪の新設を食い止めなければならない。

第11 参考文献
○海渡雄一「主権者として情報アクセスの自由を求めるのか、監視の下の安全を選ぶのか」(『国際人権』26号所収)
○山下幸夫・斉藤貴男編『共謀罪法案を批判する』(2016 合同出版 TOC条約に関する論考を筆者も寄せた)
○市川隆太『番犬の流儀』(2015 明石書店)
○平岡秀夫『リベラル日本の創生』(2015年 ほんの木)
○足立昌勝『さらば共謀罪』(2010年 社会評論社)
○樹の花舎編集部『やっぱり危ないぞ 共謀罪』(2007年 樹花舎)
○海渡雄一・保坂展人『共謀罪とは何か』(2006 岩波ブックレット)
○海渡雄一・小倉利丸『危ないぞ 共謀罪』(2006 樹花舎)
○海渡雄一「国境を超えて移動する者を潜在的犯罪者・テロリストとみなす国境管理」『法律時報』78巻4号(2006年)
○古谷修一「国際組織犯罪防止条約と共謀罪の立法化」(警察学論集61巻6号)
○松宮孝明「組織犯罪対策に見る「自由と安全と刑法」-共謀罪立法問題を含む-」刑法雑誌48巻2号
○松宮孝明「実体刑法とその『国際化』――またはグローバリゼーションーに伴う諸問題」『法律時報』75巻2号(2003年)

第12 条約と法案を巡る経過
1997年 12月12日国連総会は1997年4月にパレルモで、フォンダジオネ・ジョバンニ・イ・フランチェスカ・ファルコーネ(1992年にイタリア・マフィアによって暗殺されたファルコーネ予審判事に因んだ財団)によって組織された越境的な組織犯罪防止のための条約起草に関する非公式会合の報告書に注目する(took note)ことを表明した。

1998年 4月に開催された犯罪防止刑事司法委員会第7回セッションは、ナポリ政治宣言と組織的越境犯罪に反対するグローバル・アクション・プランの実施に関して会期内のワーキンググループを組織した。このセッションの決議に基づいて、「議長の友人」と呼ばれる専門家の非公式グループが結成され、この第1回の会合は1998年7月にローマで開催され、8-9月にブエノスアイレスで開催された第2回の非公式の準備会合において、条約作成のタイムテープルが定められ、2000年末までに条約案を採択することが承認された。第3回の非公式会合は1998年11月にウィーンで開催され、この場で起草特別委員会の第1回会合の議題の整理が行われた。

1998年 国連総会は1998年12月9日、犯罪防止刑事司法委員会と社会経済理事会の勧告を受けて、国際的な組織犯罪防止のための包括的な条約を起草するための開放型の政府間特別委員会の設立を決定した。

1999年 国連総会のもとに置かれた「越境組織犯罪防止条約起草のためのアド・ホック委員会」において、1999年1月から起草作業が継続されてきた。

2000年 委員会は11回の審議の後に条約案をまとめ、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(越境組織犯罪防止条約)は2000年12月に国連総会で採択された。日本政府はパレルモで開催された署名式で、これに署名した。

2002年 法務大臣が共謀罪規定の新設を法制審議会に諮問した。

2003年 政府は第156回通常国会に共謀罪法案を提案するも,第157回臨時国会において廃案となった。

2004年 サイバー犯罪に関する条約の国内法化案と合体した形で第159回通常国会に再提出された。

2005年 第162回通常国会において国会審議が開始されるも同年8月の衆議院解散によって廃案となった。
2005年 第44回衆議院議員総選挙において与党が大勝した。
2005年 第163回特別国会に改めて提出されて,本格的に審議入りし,問題点が浮き彫りとなった。

2006年 第164回通常国会において度重なる強行採決の動きがあり,自民党は第二次修正案まで提出した。6月には,自民党が民主党案をいわゆる丸のみする方針を明らかにしたが,一夜にして偽装丸のみが発覚し,合意は成立しなかった。会期末には,与党は第三次修正案を会議録に添付した。
2006年 第165回臨時国会において,法務委員会理事会で与党は共謀罪審議入りを強く求めたが,審議入りしなかった。

2007年 2月に自由民主党の法務部会「条約刑法検討に関する小委員会」は共謀罪をテロ等謀議罪に改称することなどをその内容とする提案を了承した。しかし,同案は自民党内の正式決定に至らず、国会にも提出されず,第166回通常国会,第167回臨時国会において審議はされなかった。
2007年 参議院選挙において、参議院では与野党の勢力が逆転して以降は、共謀罪法案が国会で議論されたことはないまま、2009年7月21日衆院解散によりふたたび廃案となり、今日に至っている。

2009年 民主党は「マニフェスト2009」において、共謀罪法案を成立させることなく国連条約を批准する方針を示し、総選挙で政権交代を実現した。2011年 9月2日、平岡秀夫氏が法務大臣に就任し、11月7日法務省の関係部局に対して、また外務省の関係部局に対しては、法務省刑事局を通じて、共謀罪に関する状況調査(条約交渉の経緯、条約締結に向けての各国の対応、「条約の留保」の可能性等)と、共謀罪法案に関する立法方針の検討を指示した。平岡氏の説明によると、立法方針案として指示した内容は、次の通りであったとされる。「『長期4年以上の懲役又は禁固の刑が定められている罪のうち、TOC条約【越境組織犯罪防止条約】の目的・趣旨に基づいて防止すべき罪に対して、すでに当該罪について陰謀罪・共謀罪・予備罪・準備罪があるものを除き、予備罪・準備罪を創設する』ことには、どのような問題があるか(国連への通報に示されているサウジアラビア、パナマのケースは、これと類似のケースのように思われる)」

2012年 12月総選挙で自民公明連立政権が発足。

2013年12月の特定秘密保護法の成立直後、2015年11月のフランス・テロ事件などの際に、複数の政府高官は共謀罪法案の早期成立を主張したが、政治情勢上の考慮から今日まで法案は国会に提案されていない。

第13 共謀罪法案の変遷
 原案・ 当初政府が提案したもの
 丸飲み案・ 2006年6月2日に与党が丸飲みする予定であった民主党案
 修正案・  2006年6月16日与党が法務委員会議事録に参照掲載した第三次修正案(第一,第二次修正案は除きます)
 小委員会案・ 2007年2月に作成された自民党法務部会小委員会案は対象犯罪と共謀罪の名称をテロ等謀議罪と言い換えた以外は与党修正案と同一である。
 新政府案・ 2016年8月に朝日新聞が報じている政府案として準備されている法案

1 団体の定義(2条)
 原案:共同の目的を有する多数人の継続的結合体  
 丸飲み案:多数人の継続的結合体であって、その構成員の継続的な結合関係の基礎となっている根本の目的が犯罪を実行することにある   
 修正案:結合関係の基礎としての共同の目的を有する多数人の継続的結合体  
 小委員会案:修正案と同一  
 新政府案:修正案と同一

2 共謀罪の定義(6条の2)
(1)越境性
 原案:不要  
 丸飲み案:必要
 「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約第三条2(a)から(d)までのいずれかの場合に係るものに限る」
 ※国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(ここ←)第三条2(a)から(d)とは,
(a)二以上の国において行われる場合
(b)一の国において行われるものであるが、その準備、計画、指示又は統制の実質的な部分が他の国において行われる場合        (c)一の国において行われるものであるが、二以上の国において犯罪活動を行う組織的な犯罪集団が関与する場合        (d)一の国において行われるものであるが、他の国に実質的な影響を及ぼす場合
 である。  
 修正案:不要。ただし,条約の目的を逸脱することのないように留意しなければならないとの付則あり
 小委員会案:修正案と同一  
 新政府案:修正案と同一

(2)共謀する対象となる活動の限定
 原案:団体の活動
 丸飲み案:組織的な犯罪集団の活動(組織的犯罪集団(団体のうち,その構成員の継続的な結合関係の基礎となっている根本の目的が死刑若しくは無期若しくは長期五年を越える懲役若しくは禁固の刑が定められている罪又は別表第一(第一号を除く)に掲げる罪を実行することにある団体をいう。次項において同じ)の意思決定に基づく行為であって,その効果又はこれによる利益が当該組織的犯罪集団に帰属するもの。
 修正案:組織的な犯罪集団の活動(組織的犯罪集団(団体のうち,その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑若しくは無期若しくは長期5(4の誤記か)年以上の懲役若しくは禁固の刑が定められている罪(別表第三に掲げるものを除く)又は別表第一(第一号を除く)に掲げる罪を実行することにある団体をいう。)の意思決定に基づく行為であって,その効果又はこれによる利益が当該組織的犯罪集団に帰属するもの
 小委員会案:修正案と同一
 新政府案:修正案と同一

(3)共謀行為の限定
 原案:なし
 丸飲み案:「具体的かつ現実的な合意」を伴う共謀
 修正案:「具体的な謀議」を伴う共謀
 小委員会案:修正案と同一
 新政府案:「遂行を二人以上で計画した者」

(4)顕示行為の有無及び内容
 原案:不要
 丸飲み案:犯罪の予備
 修正案:犯罪の実行に必要な準備行為その他の行為
 小委員会案:修正案と同一
 新政府案:その計画をした者のいずれかによりその計画にかかる犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の当該犯罪の実行の準備行為が行われたとき」

(5)自首減免の対象
 原案:無限定かつ必要的に減免する
 丸飲み案:死刑又は無期の懲役・禁固が定められている罪に限定   修正案:「情状により」任意に減免することができる
 小委員会案:修正案と同一
 新政府案:無限定かつ必要的に減免する

(6)共謀する犯罪の限定
 原案:長期4年以上の懲役・禁固が定められている罪
 丸飲み案:長期5年を超える懲役・禁固が定められている罪
 修正案:長期4年以上の懲役・禁固が定められている罪
     ただし,過失犯,陰謀・共謀罪などを除く。
     なお,長期5年以下の犯罪については,慎重な適用を求める注意規程
 小委員会案:いくつかの案が示されており、明確でないが、最大で約200の犯罪を対象としている。テロ関係・組織犯罪関係とされる犯罪の中にも、いわゆるテロ犯罪・組織犯罪との結びつきが必然的でない一般犯罪が数多く含まれている
 新政府案:原案どおり

(7)逮捕勾留する際に顕示行為の蓋然性が要件化されているか
 原案:そもそも,顕示行為の規定がなく、要件化されていない
 丸飲み案:共謀に係る犯罪の予備が行われたことを疑うに足りる相当な理由があるときに限り逮捕・勾留できる
 修正案:準備その他の行為が行われたことを疑うに足りる相当な理由があるときに限り逮捕・勾留できる
 小委員会案:修正案と同一
 新政府案:原案通り、要件化されていない

(8)既遂犯との二重処罰の防止規定
 原案:なし
 丸飲み案:あり
      共謀をした者が,その共謀に係る犯罪を犯したときは,当該罪を定めた規定により処罰され,共謀罪の規定により処罰されないことに留意しなければならない
 修正案:あり(同上。ただし,付則での規定)
 小委員会案:修正案と同一
 新政府案:原案通り、なし

第14 法律上テロ行為を未遂に至らない段階で処罰する規定(2012年日弁連意見書より)
1 航空機の強取等の処罰に関する法律(昭和45年5月18日法律第68号)第3条
 暴行・脅迫等の方法で人を抵抗不能の状態に陥れて,航行中の航空機を強取する行為の予備行為を処罰する規定となっている。

2 公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律(平成14年6月12日法律第67号)第2条
 情を知って,公衆等脅迫目的の犯罪行為の実行を容易にする目的で資金を提供する行為を処罰する規定であるが,これは,予備あるいは準備段階の幇助を独立犯として処罰する規定であり(当連合会の2002年4月20日付け「公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律(案)」に対する意見書」),未遂に至る前の段階の行為類型を処罰することが可能な規定となっている。

3 サリン等による人身被害の防止に関する法律(平成7年4月21日法律第78号)第6条第4項
 サリン等の製造,輸入,所持,譲り渡し,譲り受け行為の各予備行為を処罰することが可能な規定となっている。

4 放射線を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律(平成19年5月11日法律第38号)第3条第3項
 放射性物質を発散させるなどして人の生命等に危険を生じさせる行為の予備行為を処罰する規定となっている。
以上

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by himituho | 2016-08-26 23:12 | 弁護団メンバー記事
2016年 05月 10日

表現の自由と知る権利の危機をどのようにして克服するのか

表現の自由と知る権利の危機をどのようにして克服するのか
―国連表現の自由特別報告者ケイ氏の暫定所見を契機として―

2016年5月9日

報告者 海渡 雄一
(秘密保護法対策弁護団 共同代表)


内容
はじめに
第1 公式訪問の実現
1 どのような調査がなされたのか
2 特別報告者制度とは何か
3 公式訪問調査が実現するまで
第2 ケイ氏が指摘する日本の表現の自由の危機
第3 メディアの独立性に関する危機
1 放送メディアに対する政府と与党の直接的な介入
2 NHKに対して掛けられている圧力
3 放送法4条を削除し、政府から独立した機関に放送の規制権限を委ねるべきである
4 印刷メディアにおける自主規制の進展
5 メディア自らに連帯して抵抗する責任がある
6 自民党憲法改正草案への危惧
7 メディアの独立性の回復のために、政府、メディアそして市民が取り組むべきこと
第4 特定秘密保護法
1 メデイアの萎縮につながっている秘密保護法
2 秘密指定の要件が限定されていない
3 ジャーナリストと情報ソースの処罰が避けられない
4 不十分な内部告発者の保護
5 監視メカニズムに独立性が欠如している
6 暫定所見に従って、政府は特定秘密保護法を抜本的に改正する作業に着手せよ
第5 歴史に関する教育と報道への干渉
1 植村隆元朝日新聞記者に対する脅迫
2 教科書から慰安婦問題に関する叙述が削除されている
第6 差別とヘイトスピーチについて
1 まず差別行為を規制する法の制定を
2 傾聴すべき人種差別禁止法の先行プラン
第7 デジタルの権利
1 インターネットにおける自由
2 通信傍受法の拡大について
第8 選挙運動に対する制限
第9 公共のデモ行進による表現の自由
1 抗議活動に対する過剰な規制
2 沖縄の状況
第10 表現の自由・特別報告者の画期的な暫定所見を契機に表現の自由を回復しよう
1 国連の条約機関が取り上げてきた日本の表現の自由に関する問題
2 秘密保護法について自由権規約委員会の勧告を一歩進めた暫定所見
3 メディアの独立性を確立するために
プロフィール


はじめに
 表現の自由は民主主義の存立の基礎を作っています。市民がその国で何が起きているのか、正確な事実を知ることができず、また正確な事実の報道と意見表明の自由がないところでは、民主主義政治は成り立ちません。
 日本は、戦前に表現の自由を完全に奪われた社会のもとで、破滅に向かう戦争を選択し、国土を廃墟としました。その反省に立って、日本国民は、日本国憲法を制定し、国際紛争の解決手段として戦争を選ばないことと併せて、すべての基本的人権の中で、表現の自由は生命に対する権利にも匹敵する最重要のものであると考えてきました。
 しかし、安倍政権のもとで、日本の市民社会における表現の自由の前途には黄信号どころか赤信号が点滅をはじめています。
 デビッド・ケイ氏の日本に対する公式訪問と示された所見は、日本の市民社会が表現の自由と知る権利を回復し、民主主義的な政治過程を取り戻すことができるかどうかの瀬戸際に立っていることを示しています。この勧告に示されている意義を正確に把握し、これを実現するための方策を考えてみることとしましょう。

第1 公式訪問の実現
1 どのような調査がなされたのか
 国連人権理事会が任命した「意見及び表現の自由」の調査を担当する国連特別報告者のディビッド・ケイ氏が、4月12日から4月18日まで日本の表現の自由と市民の知る権利に関する公式の調査を行い、4月19日、日本政府などに対する予備的勧告(Preliminary Observation)を公表しました。
 予備的報告は、A4版で8ページに及び、かなり詳細な事実認識と改善すべきポイントが指摘されています。主な訪問と対話の対象は次のとおりとされています。
 (政府機関)外務省、法務省、総務省、参院法務委員会、内閣情報調査室、最高裁判所、警察庁、海上保安庁、内閣サイバーセキュリティセンター、文部科学省
 (メデイア)NHK、民間放送協会、新聞協会、雑誌協会、日本インターネットプロバイダー協会
 (市民社会)さまざまなNGO、ジャーナリスト、弁護士
 この勧告については4月19日の会見時に公表され、日本語にも訳された短いプレスリリースが公表され、国連広報センターのHPで確認できます 。また、今回私と小川隆太郎弁護士が共同で、この暫定所見を仮訳しました 。また、外国特派員協会における報告会見の記録も日本語で公表されています 。
 今回の所見は暫定的なものであり、ケイ氏は、2017年に人権理事会に対して、より完全な報告書を提示することを約束しています。

2 特別報告者制度とは何か
 特別報告者は人権侵害を調査し、「特別手続き」に従って個々のケースや緊急事態に介入するための独立の人権専門家です。特別報告者は、個人の資格で務め、任期は最高6年ですが、報酬は受けません。2015年3月現在、41人のテーマ別、14人の国別の特別手続きの専門家がいます(国連人権理事会のHPより )。この特別報告者による調査と報告、それに基づく勧告は、人権条約機関の活動と並んで、各国の人権政策の向上に資することを目的としています。日本政府は、いつでもこのような調査を受け入れること(standing invitation)を人権理事会の場で約束しています。
 特定秘密保護法の国会審議中に、ピレイ国連事務総長とともに、国連人権理事会に対する表現の自由に関する特別報告者であったフランク・ラリュ氏が市民の知る権利の観点から懸念を表明したことがあります。最近では、原発事故後の健康問題についてアナンダ・グローバー特別報告者が報告したレポートなどが有名です。

3 公式訪問調査が実現するまで
 日弁連は、特定秘密保護法の成立直後から秘密保護法について特別報告者の日本に対する訪問調査を要請してきました。その理由は、フランク・ラリュ氏が法案の国会審議中に秘密保護法について懸念するコメントを表明されたという事実があったからです。
 2015年3月30日には、フランク・ラリュ氏の後任であるデビッド・ケイ氏が、ごく短時間ではありましたが、日本を非公式に訪れ、外務省と日弁連・NGOと懇談の機会を持ち、公式訪問の可能性を探りました。
 2015年7月にデビッド・ケイ特別報告者は日本政府に公式訪問の申し入れを行いました。日本政府は8月に暫定的にこれを受け入れるとし、日程などの調整に入りました。2015年10月21日に12月1-8日に日本を訪問することが公式に承認されました。調査対象は秘密保護法だけでなく、メディアによる取材報道の自由、市民の表現の自由などに関する事項を含むものへと広がりました。
 ところが、11月13日ジュネーブの日本代表部から特別報告者に対して、「関係する部局の担当者とのミーティングがアレンジできない」という理由で、2016年秋まで訪問を延期するよう要請が届けられました。
 ケイ氏は、日本政府に対して予定されていた日程での調査の実現を求めましたが、11月17日日本政府の対応に変化が見られないためキャンセルを受け入れ、このことを11月18日早朝(日本時間)に関係していたNGO関係者にメールで連絡しました。
 アムネスティ・インターナショナルとヒューマンライツ・ナウ、秘密保護法対策弁護団の3団体は連名で、日本政府に対して、表現の自由の国連特別報告者の公式訪問を、2016年の前半中のできる限り早い時期までに実現すべきことを求める声明を公表し、外務省に協議を申し入れました。
 この申し入れを受けて、外務省人権人道課を中心とした日本政府と国連人権高等弁務官事務所との協議によって、いったん中止された公式訪問が、本年4月に実施されることとなりました。
 今回の公式訪問の早期実現のために政府の担当部局と国連機関が行った努力に対して、私たちは深く敬意を表するものです。

第2 ケイ氏が指摘する日本の表現の自由の危機
 それでは、調査の結果出された暫定所見の説明に入りましょう。ケイ氏は、冒頭で日本における表現の自由が重大な危機に瀕していることを明確に指摘しています。
 「報道の独立性は重大な脅威に直面しています」「脆弱な法的保護、新たに採択された『特定秘密保護法』、そして政府による『中立性』と『公平性』への絶え間ない圧力が、高いレベルの自己検閲を生み出しているように見えます」「こうした圧力は意図した効果をもたらします。それはメディア自体が、記者クラブ制度の排他性に依存し、独立の基本原則を擁護するはずの幅広い職業的な組織を欠いているからです」「多くのジャーナリストが、自身の生活を守るために匿名を条件に私との面会に応じてくれましたが、国民的関心事の扱いの微妙な部分を避けなければならない圧力の存在を浮かび上がらせました。彼らの多くが、有力政治家からの間接的な圧力によって、仕事から外され、沈黙を強いられたと訴えています。これほどの強固な民主主義の基盤のある国では、そのような介入には抵抗して介入を防ぐべきです」(離日時のプレスリリース より)

 ここで、ケイ氏の指摘は、政府の介入によって、メディア内部の自主規制、自主検閲が強まっていること、メディアが政府に対する監視役として、積極的に問題を提起していく役割を負っていることが認識されず、連帯の精神にもとづく政府への抵抗が弱いことを厳しく指摘しています。この点の重要性は、最後にもう一度検討します。
 また、勧告は特定秘密保護法と歴史教育と教科書、差別とヘイトスピーチ、選挙運動の規制、インターネット表現、デモにおける警察による規制などにも言及し、具体的な改善点を指摘しています。

第3 メディアの独立性に関する危機
1 放送メディアに対する政府と与党の直接的な介入

 暫定所見は政府からの直接の干渉を受けている放送メディアに関して、次のように述べています。
 「放送倫理・番組向上機構〔BPO〕は放送について自主規制のプログラムを実施しようとします。これらの公式の保護にもかかわらず、私が会ったかなりの数のジャーナリストは、政府からの強い圧力を感じ、経営陣から、その報道と政府の公式の政策の優先順位を整合させるように指示されていました。」
 「放送法第4条は、「公安(公共の安全)及び善良な風俗を害しないこと。」「政治的に公平であること。」「報道は事実をまげないですること。」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」という基本的な専門的な倫理規範を設定しています。これは(放送に対する)正当な期待です。しかし、誰が、このような広範かつ極めて主観的な概念に適合していると判断できるでしょうか?私は、政府、いかなる政府も、何が公平であるかを決定する立場にあってはならないと思います。これは、公衆による討論の問題であり、日本は、既にBP0という自主規制団体を持っているのです。」
 「政府は、反対の見解を採っています。2月に、総務大臣が表明し、その部下によって確認されたように、放送法第4条に違反したと判断した場合、放送法第174条によって放送事業免許の停止等を命ずることができます。政府高官は、これらの発言は、脅威ではなく、単に法律が述べていることであると主張しました。しかし、私は、第一に、放送法の法的解釈はまだ決定されていないと信じていますし、第二に、この発言は、メディアを制限する脅迫として合理的に認められるものです。」
 「もしこの大臣のコメントだけが存在しているのであれば、私は、その意味を割り引いて考えることができるかもしれません。例えば、政府は、番組内容を理由に、今まで放送免許を中断したことはありません。しかしながら、他の例では、本当の政府の関心は、報道の内容とトーンであることを示唆しています。例えば、2014年11月20日、自民党の首脳が、「選挙時の報道の公平性、中立性、正当性を保証するための要求」と題する手紙を、放送ネットワークに送りました。この手紙では、「中立性・公平性」という名目で、例えば、回数、ゲストスピーカーの時間や選択まで言及しています。自民党は、一週間以内のうちに、テレビ朝日に対して、「報道ステーション」のアベノミクスに対する11月24日の報道を批判し、「公正で中立なプログラム」を要求しています。この手紙は、この番組が放送法第4条第4項の基準を十分に考慮していないと述べています。」


 この自民党による選挙報道に関する要請は公になっていたことですが、テレビ朝日・報道ステーションに対する批判が公式に認められたことには大きな意義があると思います。

 「私はまた、メディア、特に放送ジャーナリストが、メディアとのオフレコ会見で、政府関係者によって行われたコメント(そのコピーが広くジャーナリストの間で回覧されているものですが)によってプレッシャーを感じているという報告を受けています。例えば、2015年2月24日のオフレコ会談で、菅官房長官は、名前を明示しませんでしたが、あるテレビ番組が放送法に準拠していないと批判したと伝えられています。」
 「厳しい質問をすることで評判でよく知られているニュースキャスターやコメンテーター が、政府からの敵対的な雰囲気や批判の影響を恐れて、長期間にわたって保持していたそのポジションを離れました。これは、従業員が企業に数十年もの間とどまる(日本の放送)業界においては驚くべきことです。あるよく知られているコメンテーターである古賀茂明氏は、政府の圧力により、もはやテレビ番組に出演することはないと言われています。」


2 NHKに対して掛けられている圧力
 「私と対話した一部の方々は、NHKに対してかけられている圧力に懸念を表明しました。国会が一つの政党連合によって強く支配されている場合、国会がNHKの理事会のメンバーを任命するという事実だけでなく、国会がNHKの予算を承認するということは、放送局が独立性を欠いているという認識をもたらします。例えば、NHKの籾井会長は、(国際放送において)、「政府が右と言っているときに、私たちが左と言うのは、よくない。」と言っています。この言葉は、後に籾井氏によって取り消されましたが、NHKの役割は、政府の政策を推奨することであると、多くの人に理解されました。NHKの経営幹部は、そのような圧力があることは否定しましたが、番組や報道の選択に関して、そのような圧力があるというふうに広く信じられ、懸念されています。」

3 放送法4条を削除し、政府から独立した機関に放送の規制権限を委ねるべきである
 「これらの懸念を考慮して、私は、政府に対して現在の法的枠組みの見直しを提案し、特に、放送法第4条を廃止し、政府自らをメディア規制活動の外に置くこと勧めます。」

 このように、ケイ氏は高市総務大臣による放送法に基づく電波停止の発言に根拠がなく、そのような形で放送法が用いられるとすれば、それは憲法21条と自由権規約19条に反することを明らかにし、さらに、このような解釈を許すような放送法4条を廃止し、放送の規制の権限を政府から独立した機関に移すように求めたものです。この法的な提言は、今起きているメディアの独立に対する危機を根本から改めるために極めて効果的なものであると思います。

4 印刷メディアにおける自主規制の進展
 ケイ氏は放送以外のメディアに対する政府の干渉と自主規制について、次のように述べています。
 「印刷媒体のマスコミも、同じような問題を経験しています。私は、現場の記者から、政府に批判的な記事を書いた後、その記事の出版のキャンセルや延期、または記者の降格または異動を求められた、という報告を受けています。何人ものジャーナリストが、マスメディアは、福島の災害や、従軍慰安婦などの歴史問題等、政府の批判につながる可能性のあるトピックをカバーすることを避けようとしていると私に言いました。ある記者は、福島原発に関する記事を書いた後、降格され、給料を削減されました。」

5 メディア自らに連帯して抵抗する責任がある
 「メディアは、その脆弱性に対して、かなりの部分の責任があります。もちろん、もし日本のジャーナリストが、職業的でメディア横断的な、そして独立し、互いに連帯できる機関を持っていたなら、政府の影響に対して、容易に抵抗することができたでしょう。しかし、そのようなものはありません。いわゆる、「記者クラブ」システム、プレスクラブは(所属する者の情報への)アクセスに役立ち、フリーランスとオンラインジャーナリズムに不利益をもたらし、(彼らを)除外することに役立つだけです。」
 「メディアの経営者は、政府の高官と緊密な関係を築いています。そこでは、規制する側と規制される側が、東京のレストランで一緒に食事を楽しみます。そして、まだ、主流派のジャーナリストとフリーランスのジャーナリストをともに結集するような幅広い協会 は存在せず、共通の目的のため、連帯し擁護していく可能性も限られています。更に、プレスの評議会として、独立して、ジャーナリズムのすべての領域について自主規制しようというものも存在しません。代わりに、ジャーナリストは、彼らの声を上げ、彼らを保護するための独立した機関を欠いているために、経営者からの報復があるのではないかと恐れ、匿名を条件に私と話さなくてはならないと感じています。」


6 自民党憲法改正草案への危惧
 「これらの懸念の複合体は、しばしば見落とされているのですが、自由民主党が起草したと報道されている憲法改正案は、憲法21条において「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」という改正を含んでいます。この広範な制限を可能とするただし書きは、自由権規約第19条と矛盾し、表現の自由とは相容れないと思われます。メディアにいる人たちが、この改正は、自分たちに向けられていると信じていることには根拠があります。」

7 メディアの独立性の回復のために、政府、メディアそして市民が取り組むべきこと

 ケイ氏の指摘した改善のためのポイントをまとめると次のようにまとめられるでしょう。
① 放送法4条の削除と放送に対する規制権限を総務省から政府から独立した機関に移すこと
② NHKの人事権が政府に委ねられ、予算についても国会によってコントロールされている実情を変えることです。この点は、もともとNHKの経営委員の人事は国会における慣習として国会における与野党の同意人事とされてきました。安倍政権は、公正な人事のために不可欠な前提であったこの長く続いた不文律を反故にし、自らの個人的な友人を経営委員に任命するという偏頗な人事を強行してきました。この点を元に戻すことも極めて重大な課題の一つです。
③ ジャーナリストが政府に抵抗し、圧力を跳ね返すための連帯と共同のための組織を作ること
④ 自民党改憲草案に基づく表現の自由に対する制約を認めないこと
 この所見の持つ意味については、最後にもう一度検討することとします。

第4 特定秘密保護法
1 メデイアの萎縮につながっている秘密保護法

 こうした環境下で『特定秘密保護法』は、実施の初期段階ながら、重大な社会的関心事のメディア報道を委縮させる効果を生んでいるとケイ氏は述べています。
 「すべての政府は、国家安全保障と公共の安全に不可欠な情報の保護を確保しなければならず、また、情報アクセス権を保証するメカニズムを国民に提供しなければなりません。日本の法律では、情報公開法を含む、国民の知る権利を保護するための仕組みがあります。しかし、特定秘密保護法(「秘密保護法」)は、情報公開から必要以上に情報を保護しており、原子力発電、国家安全保障、防災など、公共の利益の分野において、国民の知る権利を危機的な状況にしています。私の前任の特別報告者は、自由権規約委員会と同様に、秘密保護法の採択プロセスや国民の知る権利に対する制約について懸念を表明しました。私は、次の事項に関して政府高官に問題提起をしたところ、彼らは、寛大に時間をかけて誠実に秘密保護法の必要性を説明してくれましたが、私にはまだ懸念が残っています。」

 このように、今回の所見は政府関係者による時間を掛けた説明と討論に基づいて専門家が作成したものであることがわかる。

2 秘密指定の要件が限定されていない
 「まず第一に、自由権規約委員会の2014年の定期審査でも指摘されていますが、秘密保護法は、私の見解では、秘密指定ができる事実、もしくは、秘密指定をする前提条件について、適切な規定がなされていません。政府の運用基準では、情報を秘密として指定できる4つの特定のカテゴリー(国防、外交、特定有害活動の防止、テロ活動防止)について明らかにしようとしており、私はその努力を評価します。しかし、特定のサブカテゴリーは、過度に広範なままです。私は政府に対して、公開されても日本の国家安全保障を危うくすることがないような秘密が特定秘密に指定される可能性がないよう、継続的な努力と警戒を促します。」


3 ジャーナリストと情報ソースの処罰が避けられない
 「第二に、秘密保護法は、ジャーナリストや情報ソースに、刑事処罰を受けるリスクを課しています。秘密保護法第22条が表現の自由に配慮していますが、その評価は「何もないよりまし。」と言う人もいます。しかし、結局は、法律家ではないジャーナリストに対しては、未だ懸念を持たせる可能性を残しています。当局者は、第22条での「専ら」という用語は、「主に」という意味で解されるべきとしていますが、私は、権限に秘密を公開した場合、政府が第22条をどのように解釈するのかという点については懸念を拭えません。さらに同法は、記者が秘密情報へアクセスを試みた場合、「極めて不当な手段」を採用したとみなされなかった場合には保護されるとしています が、その具体的なところはきちんと定義されないままです。」
 「私は、政府が秘密保護法第25条の過酷な罰則をジャーナリストへ適用することを意図していないと政府高官から聞いて喜んでいましたが、そうであれば秘密保護法は、萎縮効果を排除するためにそのように改正されるべきです。私はまた、ジャーナリストによって意図せざる情報公開が行われた場合、その情報が公共の利益になるとき、かつ、善意で取得されたものであるとき、かつ、合法的な報道目的で取得されたときは、処罰されないということも政府高官から聞いて理解しました。しかしながら、自由権規約委員会の勧告を踏まえると、私は、政府に対して、ジャーナリストであれ公務員であれ、誰でも、国家安全保障に害を与えず公共の利益に資する情報を開示した場合は、処罰されないことを保障する例外条項を明記するよう奨励します。」


4 不十分な内部告発者の保護
 「第三に、不適切な指定がなされた場合に適用できる保護は別として、内部告発者の保護制度が、一般的に弱いように見えます。これは、特に公益通報者保護法と秘密保護法との相互関係において、どのような取り扱いがなされるのかが不確実のままです。しかし、最低限、特定秘密にアクセスを許可された人が開示した場合の処罰規定において、情報公開が公共の利益になり、かつ、日本の国家安全保障を危うくしないと真摯に確信して情報をリークした個人は罰しないという例外規定を含める必要があります。」


5 監視メカニズムに独立性が欠如している
 「第四に、秘密保護法によって設置された監督メカニズムは、独立性が十分でなく、秘密指定が適切かどうかを決定するための情報へのアクセス権も十分に保障されていません。国会の常任委員会 は、行政部門を外から監督する機関(私は、そのメンバーに会うために努力しましたが失敗しました。)ですが、政府は、特定秘密に、国会の常任委員会がアクセスすることを許可するかどうかについて裁量権を持っています。したがって、常任委員会は、ある情報の特定秘密指定が適切かどうかを決定するために十分に具体的な情報を与えられなかったようです。更に、委員会の勧告は、本質的に拘束力がありません。衆議院は、政府に対して説明責任を向上させるように要求しましたが、私としては政府に対して、専門家による独立した監視委員会を設置して、この目標を追求することを奨励します。」


6 暫定所見に従って、政府は特定秘密保護法を抜本的に改正する作業に着手せよ
 ケイ氏による提言をここにまとめておきます。
① 秘密の定義が広範に過ぎ、適切に限定されていないこと
② ジャーナリストに対する保護規定(同法22条)は不十分であり、公益のために秘密を開示したジャーナリストや公務員を処罰の対象から除くこと
③ 特定秘密についても、公益通報した者が刑事罰から保護されるように法を改めること
④ 特定秘密の指定と解除について法が設立した監視のメカニズムが十分に独立性のあるものとなっていないこと、とりわけ国会内の情報監視審査会の勧告に拘束力がないこと

 これらの指摘は市民団体や日弁連が同法の成立前から指摘してきた法の問題点の指摘とも一致するものです。ケイ氏のフルレポートが公表されれば、次の人権理事会におけるUPR審査(普遍的定期審査)では、多くの国々からこの所見の実現を勧告されることとなるでしょう。政府は国連人権理事会での勧告を待つまでもなく、この所見に基づく秘密保護法と関連する情報公開法、公文書管理法、公益通報者保護法などの法改正の準備を始めるべきです。

第5 歴史に関する教育と報道への干渉

1 植村隆元朝日新聞記者に対する脅迫
 ケイ氏はメディアの内容に対する政府のものの見方の影響は、歴史的な事実にまで広がっていることを指摘しています。
 「私の訪問中、第二次大戦中の慰安婦問題に関して、二つの状況を知りました。2014年の人権委員会(の勧告)を含む国際人権機構が、日本に対して、繰り返し、その問題を回避しないで対応するように求めてきました。これは、メディアの自由と知る権利の双方を含む表現の自由に関する問題の一つです。」
 「まず、最も初期に、韓国で慰安婦の取材を行った日本のジャーナリストらのうちの一人である植村隆氏に対する嫌がらせです。朝日新聞が他の記者らが書いた一連の記事 に関して攻撃に直面し、植村氏は、その朝日新聞のジャーナリストとしてのポジションから離れました。しかし、この攻撃を受けた一連の記事について、植村氏は関与していません。朝日新聞は後に他の記者らが書いた慰安婦に関する一連の記事を撤回しましたが、植村氏の記事は(撤回されず、残っています。)。それにもかかわらず、朝日新聞退職後に植村氏を受け容れた大学 は、彼を解雇するよう圧力を受け、外部の個人から、彼や、更に彼の娘までもが、暴力、性的暴力や死さえも含む暴力を加えるという脅迫を受けました。植村氏は、警察の保護を受け、いくつかの権限ある当局が大学の立場を支持しましたが、このような事態は、ジャーナリストとして根本的な仕事をするための植村氏の権利を保障する権限ある当局から、はるかに強い非難が行われるに値するものです。」


 多くの人権条約機関が慰安婦問題への対処を繰り返し日本に要求してきました。にもかかわらず、この問題を報道した朝日新聞の元記者である植村隆氏と所属する大学、家族までが脅迫されているにもかかわらず、政府による保護が不十分であると指摘しています。

2 教科書から慰安婦問題に関する叙述が削除されている
 「「慰安婦」問題も、権限ある当局による学校の教科書の準備の過程において、政府の影響のもとにおかれています。私は、文部科学省の教科書部門の高官と会いました。そこで、私は、教科書評議会(教科用図書検定調査審議会のこと)のメンバーは文科省により最終的に任命され、指定された基準に基づいて教科書を評価することを知りました。
 文科省では、いくつかの高校の世界史の教科書に慰安婦問題の記述があると述べました。外部の専門家らは、私に日本史を義務教育として教えないといけない中学校の教科書からは、慰安婦問題の記述が編集され削除されたと教えてくれました。」

 「一つの例では、「慰安婦」という記述がある場合であっても、「政府は、女性を強制連行した事実はないという見解である。」という責任を否認する文言が、政府のとっている逆の見解を示しています。」
 「政府が教科書において第二次世界大戦で行われた犯罪の現実がどのように扱われるかについて影響を与えることで、人々の知る権利及び過去を把握し理解する能力が阻害されています。」
 「政府は、歴史的な事実の解釈に干渉することを止めるだけでなく、このような重大犯罪を人々に知らせるための努力を支援すべきです。最初のステップは、教科書評議会(教科用図書検定調査審議会のこと)から、政府からの影響を排除できるように考え直すことを含むものと考えられます。」


 さらに、日本は過去の歴史についての議論を制限し、従軍慰安婦への言及は、中学校で必修科目である日本史の教科書から削除されつつあるという具体的な事実を指摘し、若い世代が歴史について正確な知識を持つことを阻まれ、国民が日本の過去の問題に取り組み理解する力を低下させていることを、重大な知る権利への制限であると指摘しているのです。

第6 差別とヘイトスピーチについて
1 まず差別行為を規制する法の制定を
 ケイ氏は国会を訪れ、法務委員会の委員と面会し、ヘイトスピーチの法規制に関する継続中の議論への関心を示しました。
 「近年、日本は、マイノリティーに向けた憎悪的表現の急増に直面しています。差別行為が問題の根本ですが、まだ、日本では、差別行為と闘うための包括的な法律がありません。2014年の人種差別撤廃委員会や今年3月の女性差別廃止委員会が、日本に対して、差別禁止法制の採用を勧告しました。この差別禁止法制が、このような憎悪的表現に対応するための極めて重要な第一歩です。すなわち、日本は、広く適用可能な差別禁止法制を採用しなければなりません。ヘイトスピーチ問題に対する最初の回答は、差別行為を禁止する法律を備えることです。それが実現すれば、憎悪的表現に反対する政府の広範な活動、すなわち憎悪に反対する教育や公的勧告等ですが、それらが差別に対する戦いにおいて真の影響力を持つことができます。」
 「私は、国会の法務委員会委員と会い、少数派に対するヘイトスピーチを戦うための法案作りについて学ぶ機会を持ちました。私は、委員会メンバーが、弱者に有害なスピーチを止めさせることと表現の自由の尊重の間で、彼らが、慎重にバランスをとろうと努力していることを賞賛します。私は、法案が、表現を犯罪とはしない一方で、ヘイトスピーチを受け入れない文化を作成するためのステップであると思います。それは、ヘイトスピーチを予防し排除するもので、私は、教育と(差別に)反対するスピーチに焦点を当てた取り組みをすることを奨励します。」

2 傾聴すべき人種差別禁止法の先行プラン
 ケイ氏は、差別禁止法によって人種差別の包括的な禁止を法制化することを優先させるべきであるとしました。ヘイトスピーチに対する答えは、まず、差別行為を禁止する法律を制定したあとで考えるべきだとしているのです。ヘイトスピーチに対する刑事規制については、レポートは明言していません。ヘイトスピーチに対する刑事規制は表現の自由に関する過剰な規制を招きかねないことが指摘されてきました。私自身は人種差別的暴力を誘発させる現実的な危険を含む言論は刑事法的に取り締まるべきであると考えていますが、現在の日本の政治状況も踏まえて、まず人種差別禁止の法制の整備を促した今回の所見の戦略は、私たちの取り組みの方向性とその順番、法戦略について、貴重な示唆を与えてくれるものです。

第7 デジタルの権利
1 インターネットにおける自由

 ケイ氏は、インターネットにおける自由の領域では日本の状況について高い評価を示している。
 「私は、インターネットにおける自由の領域において日本が示しているモデルがいかに重要であるのかという点を強調したいと思います。日本は、インターネットの普及というレベルでは高度な状態にあり、日本政府は、コンテンツ内容の制限に踏み込んでいません。ディジタル情報の自由(digital freedoms)への干渉がとても低いレベルにあることは、日本政府が表現の自由にコミットしていることを示しています。」
 インターネットの自由に対する規制が世界各地で強められている中で、日本の状況は守るべき点を残しているという見方は、重要な指摘です。

2 通信傍受法の拡大について
 ケイ氏は政府が提案し、国会で審議中である通信傍受法の改正・拡大についても次のように言及しました。
 「日本政府は通信傍受に関する法案を立案し、サイバー・セキュリティ(cybersecurity)への新しい取組を考えていますが、私が希望するのは、自由の精神、通信の安全確保(communication security)およびオンライン上の技術革新などが、このような規制の試みの中核部分において保持されることです。国会がこのような試みに関して公開の討論を行うことは重要であり、かつ、法律がプライバシーの権利や表現の自由を保護するさまざまな基準を尊重することが重要です。法律は、国家による通信に対する監視が、最も例外的な状況の下においてのみ、かつ、独立の司法機関の監督の下でのみ行われるということを明記しなければなりません。とりわけ、法律は、いかなる電子的な又はディジタルの監視であっても、少数派集団を標的にしたり、監視したりするなどの差別的運用が行われないことを確保する基本原則に忠実であるべきです。」

 所見は、通信傍受は例外的な措置でなければならず、独立の司法機関による監督が不可欠であることを指摘しています。ところが、現在提案されている刑事司法改革関連法案では、傍受対象の犯罪に、窃盗、詐欺、傷害や児童ポルノ規制などが含まれ、通信傍受の制限的な運用となっていた通信事業者の立ち会いもデータの暗号化によって省略できることとされています。例外的な状況に限定されていた制度の運用が爆発的に拡大するおそれがあるのです。このまま、この法案を成立させてはなりません。

第8 選挙運動に対する制限
 選挙運動に対する制限は、2008年にも自由権規約委員会によって取り上げられていたテーマです。ケイ氏は、次のように述べています。
 「私は、調査活動中、選挙運動に対して長年にわたって制約がなされてきたとの懸念をくり返し聞きました。政府は、公衆が候補者の情報にアクセスする能力を向上させ、国民が政治に十分関与できるようにする上で明らかに重要なインターネットでの選挙運動に対しては制約を適用していません。」
 「しかしながら、公職選挙法は、通常の選挙運動に制約を課すことを続けています。自由権規約委員会は、日本が公共の福祉を守るためであれば(表現の自由を制限できる)という前提で、表現の自由や公共の事項に関する行動に参加する権利を弱体化させていることから、日本に対して、選挙運動における不合理な制約を課す法律を廃止するよう注意を呼びかけています。選挙運動に対する規制は、選挙手続において開かれた表現空間を確保するためには許されるとしても、現在の規制は、過剰であり不均衡と思われます。」


第9 公共のデモ行進による表現の自由
1 抗議活動に対する過剰な規制

 「日本には公共のデモ行進という強力で素晴らしい文化があり、これは、時には路上での静かな抗議行動であったり、時には鳴り響くメガホンで実際より膨らんだ小規模な行進であったりします。国会に対する抗議に数万人が参加したことはよく知られています。とはいえ、活動家の中には、抗議行動に対して不必要な規制があったり、抗議行動の参加者を記録したり、政治的には右の立場から抗議行動に干渉する人たちを押さえられなかったり、イスラムコミュニティに対する監視の主張などの点について懸念する声があります。私との開かれた討論に参加した警察庁の担当者と私は、このような懸念を共有することができました。私は、これらの問題をフォローし、公共の抗議行動のための完全な表現空間を認めるために日本が行ったコミットメントについて、今後も対話を続けていくつもりです。」

2 沖縄の状況
 「私はまた、とりわけ沖縄における海上保安庁と公共の抗議行動との関係についての懸念を共有しました。昨年、私は、沖縄における抗議行動に対して過大な規制が行われているとの主張に関して私が抱いた懸念を、すでに関係機関に伝えていました。行き過ぎた実力行使がなされ、多数の人々が逮捕されたという点について信頼のおける報告を聞いています。私が特に懸念を抱いたのは、抗議行動の参加者を録画していた複数のジャーナリストに対して実力行使がなされたという点でした。国家の安全保障を確保するためには一定の範囲において制約を実施することが必要となりますが、行き過ぎた制約を避けるためには、慎重な審査手続が実施されなければなりません。この点についても、私は、沖縄での状況を注意深くフォローし、かつ、沖縄における平和的な抗議行動を認める表現空間を促進するために必要に応じて私の懸念を表明するつもりです。」


第10 表現の自由・特別報告者の画期的な暫定所見を契機に表現の自由を回復しよう

1 国連の条約機関が取り上げてきた日本の表現の自由に関する問題

 国連の条約機関や特別報告者制度、人権理事会はたびたび日本の人権問題を取り上げてきました。しばしば取り上げられてきたテーマは、死刑制度、代用監獄システム、慰安婦問題、女性差別、外国人に対する差別、難民などの諸問題でした。
 表現の自由に関して取り上げられてきたテーマは、選挙法における過剰な規制や市民によるビラ配布に対する刑事処罰の問題が、自由権規約委員会の2008年第5回審査の際の最終見解において取り上げられたのが最初でした。最終見解は次のように述べていました。
 「委員会は、公職選挙法による戸別訪問の禁止や選挙活動期間中に配布することのできる文書図画の数と形式に対する制限など、表現の自由と政治に参与する権利に対して加えられている不合理な制限に、懸念を有する。委員会はまた、政府に対する批判的な内容のビラを私人の郵便受けに配布したことに対して、住居侵入罪もしくは国家公務員法に基づいて、政治活動家や公務員が逮捕され、起訴されたという報告に、懸念を有する(規約19 条、25 条)。
 締約国は、規約第19 条及び25 条のもとで保障されている政治活動やその他の活動を警察、検察及び裁判所が過度に制限することを防止するため、その法律から、表現の自由及び政治に参与する権利に対するあらゆる不合理な制限を撤廃すべきである。」(26項)


 2014年の自由権規約委員会の第6回審査の際の最終見解においては、「公共の福祉」を理由とした基本的自由の制限の問題が取り上げられ、
 「委員会は,「公共の福祉」の概念が曖昧で制限がなく,規約の下で許容されている制限を超える制限を許容し得ることに,改めて懸念を表明する(第2条,第18条及び第19条)。
 委員会は,前回の最終見解(CCPR/C/JPN/CO/5, para. 10)を想起し,締約国に対し,第18条及び第19条の各第3項に規定された厳格な要件を満たさない限り,思想,良心及び宗教の自由あるいは表現の自由に対する権利への如何なる制限を課すことを差し控えることを促す。」
としました。ここでは、日の丸君が代の強制問題が明示はされていませんが、言及されているものと思われます(22項)。
 さらに、特定秘密保護法に関する問題が新しく取り上げられました。秘密保護法については、ドイツのアンヤ・ザイバート・フォー委員が、詳細に質問しました。またロドリー議長から「そもそもどういう問題が起きたから特定秘密保護法が必要ということになったのか」という立法事実を問う質問がなされました。これに対して日本政府は、法全体の英訳を委員会に提供し、一部の答弁は英語で、今回の立法は欧米なみのものであり、恣意的な運用はされない、報道目的の情報取得は処罰されないなどと回答しました。
 このような審査を経て、委員会は、勧告23項において、規約19条にもとづいて、
 「委員会は,近年国会で採決された特定秘密保護法が,秘密指定の対象となりうる事項の定義が曖昧かつ広汎であること,秘密指定の要件が漠然としていること,及びジャーナリストや人権活動家の活動に対して萎縮効果をもたらしかねない重い刑罰が規定されていることに懸念を有する。」としたうえで、
 「締約国は,特定秘密保護法とその運用が,自由権規約19条の厳格な要件に合致することを確保するため,あらゆる必要な措置を取らなければならず,特に次の事項が保障されなければならない。
(a) 特定秘密に指定されうる情報のカテゴリーが狭く定義されること,かつ,情報を求め,受け及び伝える権利に対するいかなる制約も,国家安全保障に対する特定かつ同定可能な脅威を防止するためのものであって,法定性,比例性及び必要性の原則に合致するものであること
(b) 何人も,国家安全保障を害することのない正当な公共の利益にかなう情報を拡散・頒布したことについて罰せられないこと」
を具体的に勧告したのです(23項)。

 さらに、24項では福島原発事故の問題が取り上げられ、「委員会は,福島において締約国が設定した公衆の許容被ばく限度が高いものであること,及び避難区域の一部が解除される決定がなされたことによって,人々が放射能で高度に汚染された地域に帰還する以外の選択肢を与えられないことに懸念を有する(6条,12条及び19条)。締約国は,福島原発災害によって影響を受けた人々の生命・生活を保護するためあらゆる必要な措置を講じ,かつ,放射線のレベルが住民にリスクをもたらさない場合に限って,汚染区域として指定されていた避難区域の指定を解除すべきである。締約国は,放射線量のレベルを監視し,かつ,このような情報を時機にかなった方法において,原発災害の影響を受けている人々に開示すべきである。」としています。

2 秘密保護法について自由権規約委員会の勧告を一歩進めた暫定所見
 この自由権規約委員会の最終見解とケイ氏の暫定所見を比較すると、秘密指定される情報の厳格な定義と公共の利益にかなう情報を提供した者を刑事処罰から解放することは共通していますが、ジャーナリストに対する保護規定(同法22条)は不十分であり、公益のために秘密を開示したジャーナリストや公務員を処罰の対象から除くことを明記したこと、特定秘密についても、公益通報した者が刑事罰から保護されるように法を改めることも明記されたことが特筆されます。さらに、特定秘密の指定と解除について法が設立した監視のメカニズムが十分に独立性のあるものとなっていないこと、とりわけ国会内の情報監視審査会の勧告に拘束力がないことを指摘した点は重要です。最後の点は自由権規約委員会の勧告内容には盛り込まれていなかった勧告であり、特定秘密保護法が市民の知る権利を決定的に損なうものに発展してしまうかどうかのカギを握るポイントであると考えます。
 我々は、この勧告の実現を政府に強く働きかけ続けなければなりません。

3 メディアの政府・スポンサーからの独立性を確立するために
 メディアの独立性を確保するための勧告が国連関係機関から日本政府に対して行われたのは、今回が初めてのことです。
 実は、日本弁護士連合会は、ケイ氏の来日中であった2016年4月14日に「放送法の『政治的公平性』に関する政府見解の撤回と報道の自由の保障を求める意見書」を取りまとめ、2016年4月27日付けで総務大臣に提出しています。
 この意見書は、「1 政府が放送事業者の放送番組について、放送法4条1項2号の「政治的に公平であること」の該当性を自ら判断し、その判断に基づいて放送事業者に対する行政指導や電波法76条に基づく無線局の運用の停止等の処分を行うことは、放送による報道の自由を侵害するものとして許されない。2 政府は、上記に反する見解を撤回し、放送局の自律的な取組によって放送倫理が確立されることを尊重すべきである。」というものです。
 この見解は、放送法4条1項2号の「政治的に公平であること」は、法規範性を持たないというBPOも採用している通説的な見解に立脚したもので、ケイ氏の見解とも共通するものですが、ケイ氏の見解は、このような誤った見解を導く危険性のある放送法4条そのものの削除、さらには放送規制権限を総務省から政府から独立した機関に移すべきとした点で、より進んだ内容であると評価することができるでしょう。
 NHKの経営委員の人事を政府ができ、予算についても国会で審議される点が問題としている点も重要な指摘です。
 さらに、特筆すべきことは日本におけるメディアが政府との適切な対抗関係を維持し、共同して政府からの圧力と闘わなければならないとした点です。この点はとても大切な指摘です。いま、世界を揺るがせている「パナマ文書  PanamaPapers」の報道は、全世界で100を超える報道機関の連携作業となっています。関わったジャーナリストは約400人で、全体を仕切ったICIJ (the International Consortium of Investigative Journalists) が「勝手のわからない外国のことは、その地の報道機関・ジャーナリストに任せよう」という方針で、この「特大リーク」に臨んだのです。
 少し前のエドワード・スノーデン氏によるアメリカの国家安全保障庁(NSA)のプリズムなどのシステムの内部告発報道は、アメリカの個人ジャーナリストのグリーンウォルド氏とイギリスの新聞ガーディアン、さらにはアメリカの新聞ワシントン・ポスト、CNNなどが、共同してスクープを展開し、ジャーナリストに対する弾圧の危険を分散し、回避することに成功しました。
 日本においては、朝日新聞の慰安婦報道と福島原発事故吉田調書報道の際に、メディアがメディアをバッシングする異常な展開となりました。メディア間の会社の枠を超えた連帯の復権、そのための具体的な手段と言うべきジャーナリストのユニオンの設立、記者クラブ制度の撤廃などを強く訴えた点においても、ケイ氏の暫定所見は極めて適切であり、深い内容を持つものだったといえるでしょう。
 このメディアの独立性をめぐる勧告こそが、ケイ氏の今回の公式調査において、もっとも時間を掛けて調査がなされ。重要なメッセージが込められているといえます。


本記事の筆者プロフィール
 1981年弁護士登録。第二東京弁護士会所属。2010年から2012年まで日弁連事務総長、日弁連刑事拘禁制度改革実現本部本部長代行、日弁連自由権規約WG座長、監獄人権センター代表、秘密保護法対策弁護団共同代表、脱原発弁護団全国連絡会共同代表、原発情報公開弁護団代表。

編著に
・『監獄と人権』(明石書店 1995)
・『監獄と人権2』(明石書店 2004)
・『刑務所改革』(菊田幸一と共編 日本評論社 2007)
・『憲法の危機をこえて 』(宮里邦雄、山口広と共編 明石書店 2007)
・『刑罰に脅かされる表現の自由 NGO・ジャーナリストの知る権利をどこまで守れるか? 』(GENJINブックレット 2009)
・『原発訴訟』(岩波新書2011)
・『秘密保護法対策マニュアル』(2015 岩波ブックレット)
・『朝日新聞吉田調書報道は誤報ではない』(編著 彩流社 2015)
・『市民が明らかにした福島原発事故の真実』(彩流社 2016)
・『止めよう!市民監視(アベノリスク)五本の矢―秘密保護法/盗聴法/共謀罪/マイナンバー/監視カメラ』(編著 樹花舎 2016)など。
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by himituho | 2016-05-10 00:48 | 弁護団メンバー記事
2016年 02月 29日

緊急事態条項が通ってしまった未来からの伝言

緊急事態条項が通ってしまったらどんな世の中になるのかというシミュレーションを書いて、伊藤真先生の法学館憲法のサイトに載せてもらいました。(弁護士内山宙)
 憲法が改正されたころ、私はまだ高校生になったばかりだった。改正案の内容は、私が中学で習っていた憲法の原則からすると、ちょっとおかしいんじゃないかと思ったけど、選挙権のない自分には何もできなかった。
 そして、18歳になったら選挙に行くものだと思っていたのに、今は選挙はほとんど実施されていない。憲法が改正されて、緊急事態条項というものが入ったからだ。
 緊急事態条項が通って直ぐに某国がミサイルを発射しようとしているということで騒ぎになった。総理大臣が緊急事態だとテレビで宣言していたが、緊急事態にしては、記者会見の演出がやけに準備周到だったことが印象的だった。そのミサイルは、結局衛星軌道に乗ったそうで、人工衛星だったんじゃないかと言われていた。それで、緊急事態の宣言をした根拠を出せと野党が追及していたけれども、緊急事態宣言について国会の承認を得る期限が決まっていなくて、首相はなかなか国会承認の手続を取ろうとしなかった。とはいえ、100日を超えて継続する場合に国会の承認を得なければならないということになっているので、さすがに100日になる前に事後承認の手続を取ることになった。しかし、緊急事態宣言の根拠となる事実関係自体が特定秘密に当たるということらしく、防衛省が「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがある」と言って、資料は国会には出てこなかった。
続きはこちら

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by himituho | 2016-02-29 19:38 | 弁護団メンバー記事
2016年 02月 25日

会計検査制度と秘密保護法

2016年2月23日
会計検査制度と秘密保護法

海 渡 雄 一     
(秘密保護法廃止実行委員会・
秘密保護法対策弁護団)

1 憲法90条と会計検査院
 みなさん憲法90条をご存じでしょうか。憲法90条は「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。」と定めています。会計検査院のホームページには次のように説明されています。
「会計検査院は、国の収入支出の決算、政府関係機関・独立行政法人等の会計、国が補助金等の財政援助を与えているものの会計などの検査を行う憲法上の独立した機関です。
 国の活動は、予算の執行を通じて行われます。予算は、内閣によって編成され、国会で審議して成立したのち、各府省等によって執行されます。そして、その執行の結果について、決算が作成され、国会で審査が行われます。予算が適切かつ有効に執行されたかどうかをチェックすることと、その結果が次の予算の編成や執行に反映されることが、国の行財政活動を健全に維持していく上できわめて重要です。
 そこで、憲法は、「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。」と定めています。」


 会計検査院は国の決算についての独立機関です。会計検査院は憲法上の機関であり、検査官の身分や給与の保障、予算上の独立性が認められ、内閣に対して独立の地位を有するとされています(会計検査院法(昭和22年法律第73号)1条)。そして、会計検査院法第26条は、会計検査院から検査上の必要により帳簿、書類その他の資料若しくは報告の提出の求めを受け、又は質問され若しくは出頭の求めを受けたものは、これに応じなければならないと規定しています。
 会計検査院は、憲法上大きな独立性を保障されており、「厳格な三権分立主義をとっている現行憲法の認めたほとんど唯一の例外」「組織面からいえば、憲法は四権分立主義をとる」(杉村章三郎『財政法』〔有斐閣、1959年〕108頁、小林・小林直樹『憲法講義(改訂版)』〔東大出版会、1976年〕762頁注13)と説く見解もあります。

2 戦争の反省から生まれた会計検査院
 なぜ、憲法90条は「すべて」検査するとしているのでしょうか。「すべて」とは、その会計年度において、現実に収納された収入および現実に支出された歳出の全部の意味です(宮澤俊義著・芦部信喜補訂『全訂 日本国憲法』〔日本評論社、1978年〕752頁)。明治憲法下では、政府の機密費に関しては、会計検査院の検査に服さないとされました(旧会計検査院法23条)。機密費については「検査ヲ行フ限リニ在ラス」とされていたのです。
 軍だけでなく、外務省などの機密費について、会計検査院の検査を受けないですんだのです。加えて、軍の統帥事項の準備のための物品費用については、会計検査院の検査を免れる仕組みとなっていました。このようなしくみが軍の予算の拡大、政府のコントロール不能の状態を招いたのです。このことの反省から、憲法90条は、「すべて」検査し、例外は認めないこととしたのです。

3 会計検査院と秘密保護法制定
 会計検査院が、特定秘密保護法案の閣議決定直前の2013年9月に、この法案が成立してしまうと特定秘密に指定された書類が会計検査に提出されない恐れがあり、これは憲法90条に反するのではないかという指摘をしていた。
 このことは、毎日新聞が情報公開によって入手した文書によって明らかとなった。『毎日新聞』は2015年12月8日付朝刊で次のように報じました。「特定秘密保護法:「憲法上問題」検査院が支障指摘」(社会部・青島顕記者)がそれです。この毎日新聞の記事は、秘密保護法を一貫して追い続けてきた青島記者の素晴らしいスクープでした。第20回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞したのも当然です。
「開示された文書によると13年9月、同法の政府原案の提示を受けた検査院は、『安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ』がある場合、特定秘密を含む文書の提供を検査対象の省庁から受けられない事態がありうるとして、内閣官房に配慮を求めた。憲法90条は、国の収入支出の決算をすべて毎年、検査院が検査すると定めているためだ。
 ところが、内閣官房は『検査院と行政機関で調整すれば(文書の)提供を受けることは可能』などと修正に応じなかった。検査院側も譲らず、同年10月上旬まで少なくともさらに2回、憲法上問題だと法案の修正を文書で繰り返し求めた。
 結局、検査院と内閣官房の幹部同士の話し合いを経て同年10月10日、条文の修正をしない代わりに『秘密事項について検査上の必要があるとして提供を求められた場合、提供する取り扱いに変更を加えない』とする文書を内閣官房が各省庁に通達することで合意した。約2週間後の10月25日に法案は閣議決定され、国会に提出されて同年12月に成立した。
 それから2年たつが7日までに通達は出ていない。(以下省略)」


4 政府による通達
 この毎日新聞記事をきっかけとして、政府は、2015年12月25日付で、内閣情報調査室次長名で秘密指定権限を持つ防衛省など20の行政機関の担当局長らに通達を出しました。この通達は「各行政機関は会計検査院から検査上の必要があるとして提供を求められた際には、提供を行う取り扱いをしている」と説明し、2014年12月の法施行に関して「この取り扱いに何らの変更を加えるものではない」と従来通りの対応を求めています。

5 衆院予算委員会での質疑
 2月10日の衆院予算委員会で、この問題を民主党の階猛議員が取り上げました。
 「行政機関が安全保障上の理由から特定秘密の提供を拒否できるとした特定秘密保護法10条1項が会計検査にも適用されるかどうかについて、安倍首相は、『特定秘密について会計検査院が検査を求めた時に、この条項をもってこれを提供しないことはおよそ考えられない』として、実務上は適用されないとの見解を示したが、法務大臣は『適用がある』、『適用がない』と答弁がふらつき、委員会は騒然となった」と報じられています(『朝日新聞』2月11日付「新任閣僚ふらふら答弁」)。

6 政府統一見解公表される

 2月12日に内閣官房は、「会計検査院に対する特定秘密の提供について(政府統一見解)」を公表しました。短い文書なので、全文を以下に引用しておきます。
「1 特定秘密保護法第10条第1第1号の解釈
 特定秘密保護法第10条に基づく特定秘密の提供は、会計検査院を含むすべての相手方について、行政機関の長が我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めたときに限り、行われる。
 2 安倍総理の答弁(2月10日衆論院予算委員会)
①「我が固の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めたとき、これは、かからないということではありません」
②「しかし会計検査院がこれに当たるということはおよそ考えられない」「我が国の安全保障に著しい支障、著しい支障という、これは相当の縛りでございますから、これを会計検査院に適用するということはおよそ考えられない」等と答弁した。
 3 岩城国務大臣の答弁(同上)
①「第10条1項にあります我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めたとき、これは会計検査院にも適用されます」
②「検査に必要な資料の提供、これについては適用がない」、「検査上の必要があるとして求められた資料、これにつきましては、法的に適用されない」等と答弁した。
 4 会計検査院からの資料要求について法第10条第1項第1号は「適用」されるか否か、また、安倍総理と岩城国務大臣の答弁の関係
 総理、大臣とも、まず、特定秘密の提供には、法第10条第1項第1号が一般的に適用されること(上記1の趣旨)を答弁している(①)。
 その上で、総理、大臣とも、会計検査院に検査に必要な資料の提供を法第10条第1項第1号に沿って検討する際に、我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めたときという同号の限定が具体的に適用され、その結果、特定秘密の提供が行われないことはおよそ考えられないという趣旨で答弁している(②)。①と②の聞に矛盾はなく、また、総理と大臣の答弁の聞にも矛盾はない。」


 政府は、このように述べていますが、やはり答弁には矛盾があるように思います。安部首相が答弁した「特定秘密の提供が行われないことはおよそ考えられない」ということは本当に保障されているのでしょうか。私にはその制度的保障は何もないように思われます。

7 会計検査制度にも制約もたらす秘密保護法は廃止するしかない

 政府が会計検査院検査官の候補者として国会に提示した小林麻理(まり)・元早稲田大大学院教授は1月7日、国会で所信を述べた際、「特定秘密に係るとして情報が提供されないことがあってはならない」と発言しています。しかし、この通達にもかかわらず、会計検査院の検査は特定秘密の壁に阻まれる可能性が生じています。
 会計検査院の検査は、憲法90条第1項(及び同第2項)を直接の根拠としていますから憲法より下位の法令によって妨げてはならないものです。政府統一見解は、憲法より下位の法規範である秘密保護法によって、憲法上定められた会計検査院の検査権限を制限しようとするものであり、この点でも憲法違反であるといえます。
 秘密保護法は憲法21条の表現の自由・知る権利、憲法9条の平和主義、憲法31条の適正手続だけでなく、憲法90条の会計検査制度にも違反する悪法です。やはり、秘密保護法は一刻も早く廃止する必要があるとあらためて思いました。次の選挙で、戦争法と同時に秘密保護法を廃止できる政府を樹立できるよう努力しましょう。

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by himituho | 2016-02-25 14:36 | 弁護団メンバー記事
2016年 02月 04日

自民党改憲案緊急事態条項はナチスの1933授権法と1938国家総動員法の再来だ!

自民党改憲案緊急事態条項はナチスの1933授権法と1938国家総動員法の再来だ!
-緊急事態条項は、国会の自殺につながりかねない-

2016年1月26日
海渡 雄一

内容
1 自民党改憲案における緊急事態条項
2 ナチス授権法と同じという批判は度を超しているか?
3 ナチス授権法の立法経過とその内容、その後
4 授権法に倣った国家総動員法
5 なぜ、日本国憲法には緊急事態条項がないのか
6 戦時は常態化し、永続化する危険が高い
7 緊急権規定は濫用されてきた
8 緊急事態条項を作らない決断から生まれる真剣な平和への努力
9 民主主義と立憲主義の命運を掛けた闘い
参考文献

1 自民党改憲案における緊急事態条項
 安倍政権は、ついに2016年1月の通常国会の開会を機に、夏の参院選の争点に憲法改正を掲げ、明文改憲に突き進もうとしている。そして最初のターゲットされているのが、緊急事態条項である。
 これは、民主主義の抹殺につながりかねない劇薬であり、「お試し改憲」などと言う生やさしいものではない。自民党改憲案を見てみよう。
「第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。(以下略)」
「第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。」としている。

2 ナチス授権法と同じという批判は度を超しているか?
 福島みずほ参議院議員は2015年1月19日の参院予算委員会において、「国会は唯一の立法機関です。しかし、内閣が法律と同じ効力を持つことができる政令を出すのであれば、立法権を国会から奪うことになる。国会の死ではないでしょうか。」「まさに内閣限りで法律と同じ効力を持つことができるのであれば、これはナチス・ドイツの国家授権法と全く一緒です。これは許すわけにはいきません。」と質問した。これに対して、安倍首相は「先ほどナチスの授権法という、いささかちょっとこれ限度を超えた批判がございました。我々が出している緊急事態に関する憲法改正のこの草案につきましては、これ諸外国に多くの例があるわけでございまして、まさに国際的に多数の国が採用している憲法の条文であろうと、こう考えているところでございますから、是非そうした批判は慎んでいただきたいと、このように思うところでございます。」と応えた。自民党改憲案がナチス授権法と同じという批判は本当に度を超しているだろうか。歴史と事実に基づいて検証してみたい。

3 ナチス授権法の立法経過とその内容、その後
(1)ナチスの権力掌握
 自民党の改憲案はナチスの授権法と似ているのは、政令が法律の変わりとなり、人権が制約されてしまう点である。
 ヒトラーは1933年1月首相になった。しかし、この段階では国会の多数は構成できていない。ヒトラーは国会を解散し、4年間の政権委任を訴える選挙キャンペーンを行い、この選挙中の2月27日にドイツ国会議事堂放火事件が発生した。ヒトラーはこれを共産主義者によるものと決めつけ、大統領に要請し、共産主義暴動の発生に対応するためとして、「民族と国家防衛のための緊急令」などを布告させた。ヒトラーはこの大統領令に基づいて、国会議員を含む多数の共産党員・社会民主党員を逮捕・予防拘禁した。このような異常な選挙の結果、ナチスは288議席、連立を組む国家人民党は52議席を得て、議会の過半数を獲得した。社民党は120、共産党は81議席を得たが、ヒトラーは共産党と社民党の議員がほとんど出席できない状態で、ポツダムにおいて3月21日議会を開き、「民族および国家の危難を除去するための法律案」(全権委任法・授権法)を国家人民党と共同で提出した。

(2)授権法の全文とその審議
 この法律は全5条からなる簡単なもので、そのポイントは議会から立法権を政府に移譲するものであった。
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(授権法 全文 Wikipedia 全権委任法のページより)

授権法全文
「前文:国会(ライヒスターク)は以下の法律を議決し憲法変更的立法の必要の満たされたのを確認した後、第二院の同意を得てここにこれを公布す。
1.ドイツ国の法律は、憲法に規定されている手続き以外に、ドイツ政府によっても制定されうる。本条は、憲法85条第2項および第87条に対しても適用される。
2.ドイツ政府によって制定された法律は、国会および第二院の制度そのものにかかわるものでない限り、憲法に違反することができる。ただし、大統領の権限はなんら変わることはない。
3.ドイツ政府によって定められた法律は、首相によって作成され、官報を通じて公布される。特殊な規定がない限り、公布の翌日からその効力を有する。憲法68条から第77条は、政府によって制定された法律の適用を受けない。
4.ドイツ国と外国との条約も、本法の有効期間においては、立法に関わる諸機関の合意を必要としない。政府はこうした条約の履行に必要な法律を発布する。
5.本法は公布の日を以て発効する。本法は1937年4月1日と現政府が他の政府に交代した場合、いずれか早い方の日に失効する。」
 中央党はこれに賛成した。議会に出席できたドイツ社民党のオットー・ヴェルス党首は唯一の反対演説を行った。その演説は次のような内容であった。

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(授権法が採択された国会 Wikipedia 全権委任法のページより)

「暴力による平和からは、いかなる繁栄も生まれない。真の民族共同体というものはそうしたものに基礎を置くことは出来ない。その第一の前提は平等の権利である。自由と生命を奪いとることはできても、名誉はそうはいかない(Freiheit und Leben kann man uns nehmen, die Ehre nicht.)。社会民主党が最近被った迫害にてらして言えば授権法への賛成を我々に要求したり期待することなど誰にも出来ないはずである。3月5日の選挙の結果、政府与党は多数を獲得し、憲法の文言と目的に忠実に統治することが可能になったのではないか。こうした可能性が存するところでは、そうする義務も存在する。およそ批判とは有益なものであり、必要でもある。ドイツに国会が生まれて以来、民族の代表者が政治に関与し参画することが今日のように排除されたことはいまだかつてなかったことである。新たな授権法が成立すれば、こうした状況がさらに加速されるであろう。革命の続行のために国会を真先になくしてしまうこと、それが君達の要求なのだ。しかし、現に存在するものを破壊することが革命ではない。法というヴェールをかけたとしても、暴力による政治という現実を覆い隠すことは不可能である。いかなる授権法も永遠かつ不変の理念を抹殺することはできない。社会主義者鎮圧法が社会民主主義を抹殺しえなかったように、新たな迫害の中からドイツ社会民主党は新たな力を汲み取るであろう」
 この法律は、形式的にはワイマール憲法の改正手続を践んでいたが、近代的な立憲主義を公然と否定した独裁立法であり、謀略と弾圧によって実現されたといえるだろう。

(3)授権法はドイツの敗戦まで効力が存続した
 授権法は全文に示したとおり、1937年4月1日が期限とされていた。当初政府省庁は「ライヒ立法に関する法律」を制定し、指導者兼首相に立法権が存在するということを明文化しようとした。ヒトラーは当初この案に賛成していたが、「心理学的理由」からこの立法を拒否し、授権法を延長することとした。1939年にも同様の措置がとられた。
 1943年には『政府立法に関する指導者命令』が発せられた。授権法に基づく政府の権限は引き続き行使できることとなった。この命令には「国会がこの措置を批准することを留保する」という文言が存在したが、国会はこれ以降開かれず、批准措置がとられることはなかった 。
 1945年9月20日、ドイツを占領していた連合国管理理事会は「ナチス法の廃止に関する管理理事会法第1法律」を発し、他のナチス政権下に成立した複数の法律とともに、授権法と関連する法令の廃止を宣言した。結局、ドイツの敗戦まで、授権法体制は続き、国会は復活できなかったのである。

4 授権法に倣った国家総動員法
 大日本帝国憲法には、天皇が国家緊急権を行使する規定が存在した。緊急勅令制定権(8条)、戒厳状態を布告する戒厳大権(14条)、非常大権(31条)、緊急財政措置権(70条)などが定められていた。
 戦前の日本において、緊急勅令という制度があった。自民党改憲案は、戒厳制度と緊急政令制定権を併せたもので、大日本帝国憲法にも似ている。
 この制度に基づいて制定された有名な法律に、1928年の治安維持法改正案がある。適用範囲を「目的遂行」行為にまで拡大し、罰則を死刑にまで引き上げた。
 また、ファシズム的な立法としては、この治安維持法、秘密保護法の母法と言うべき軍機保護法、国防保安法などが有名であるが、戦時体制の総仕上げの意味合いを持った法律が国家総動員法であった。
 国家総動員法は、日中戦争が本格化した1937年の翌年、1938年に制定された。総力戦遂行のため国家のすべての人的・物的資源を政府が統制運用できることを規定した法律となっている。資源の動員のための統制が基本であるが、労働争議の制限や新聞や出版の制限までを含む、戦争遂行のための総合的な法律であった。また、この法律は、施行の詳細はすべて勅令(緊急勅令ではない)に委任されており、その立法形式は前述のナチス授権法に倣ったとも言われる。安倍政権は、授権法に倣って、国家総動員法体制の再構築を企図しているようだ。

5 なぜ、日本国憲法には参院の緊急集会以外に緊急事態条項がないのか
 日本国憲法には、衆議院の解散中で国会が開催できない時に緊急事態が生じたときの「参院緊急集会」に関する憲法54条の規定以外に緊急事態に関する条項はない。
 このことをどのように解釈するか、憲法学者の意見は分かれているが、もっとも素直な考え方は、戦前のファシズムの反省に立って、緊急事態条項を置かないという選択をしたものと考えられる。憲法を制定した第90帝国議会の討議 では、大日本帝国憲法31条を引いて、緊急時に国民の人権を停止する制度が必要ではないかという議員の質問に対して、国務大臣金森徳次郎が次のように答弁している。
「今御示シニナリマシタヤウナ場合ヲ予想スルコトハ可能デアルト思フノデアリマス現行憲法ニ於キマシテモ、非常大権ノ規定ガ存在シテ居ツタコトハ今御示シニナツタ通リデアリマス併シナガラ民主政治ヲ徹底サセテ国民ノ権利ヲ十分擁護致シマス為ニハ、左様ナ場合ノ政府一存ニ於テ行ヒマスル処置ハ、極力之ヲ防止シナケレバナラヌノデアリマス言葉ヲ非常ト云フコトニ藉リテ、其ノ大イナル途ヲ残シテ置キマスナラ、ドンナニ精緻ナル憲法ヲ定メマシテモ、口実ヲ其処ニ入レテ又破壊セラレル虞絶無トハ断言シ難イト思ヒマス、随テ此ノ憲法ハ左様ナ非常ナル特例ヲ以テ――謂ハバ行政権ノ自由判断ノ余地ヲ出来ルダケ少クスルヤウニ考ヘタ訳デアリマス、随テ特殊ノ必要ガ起リマスレバ、臨時議会ヲ召集シテ之ニ応ズル処置ヲスル、又衆議院ガ解散後デアツテ処置ノ出来ナイ時ハ、参議院ノ緊急集会ヲ促シテ暫定ノ処置ヲスル、同時ニ他ノ一面ニ於テ、実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ必要ナ規定ハ、平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテ置クコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス、現行憲法ニ於キマシテ、二段ニモ三段ニモ斯様ナ非常ナ場合ニ応ズル用意ガアツテ、謂ハバ極メテ用意周到デハアツタノデアリマスガ、実際左様ノ手段ガ明白ニ用ヒラレタ場合ハナカツタヤウニ思ツテ居リマスデアリマスカラ余リニモ苦労シ過ギルヨリモ寧ロ自由保障ノ安全ヲ期シタ訳デアリマス」
(衆憲資第87号 「『緊急事態』に関する資料」 平成25年5月 衆議院憲法審査会事務局 14ページ)

 まさに、戦前の反省を踏まえ、「行政権の自由判断の余地を出来るだけ少なくするように考えた」というのである。緊急事態条項にもとづく法律に代わる政令は、最後は国民総動員、国民総監視、徴兵制、反戦運動の非合法化、報道機関の事前検閲・国家統制まで突き進む危険性が強い。歴史的に存在した戒厳令、戦時体制の多くが戦争に反対する・協力しない個人・団体に対して致命的な人権侵害を引き起こしてきた。日本や独伊のファシズムの歴史はこのことを冷厳な歴史的事実として教えてくれる。緊急事態条項は、営々として築き上げられてきた人権保障のシステムや人権のスタンダードを一気に無効化してしまう魔力を持っている。このことを反省して作られた緊急事態条項をもたない憲法を、易々と変えることは許されない。

6 戦時は常態化し、永続化する危険が高い
 現代の戦争の性格からして、戦争には終わりがなく、泥沼化する。冷戦後の国際紛争の変化によって、古典的な国と国が宣戦布告をして戦争をするというパターンが崩れてきている。民族的・宗教的な少数派とテロリストを明確に区別することは困難である。
 9.11後にアメリカの起こした反テロ戦争は、イラクのフセイン政権を対象としたイラク戦争をのぞいて、特定の国家を対象としておらず、テロリスト集団を対象としているため、国際法的にこれを終わらせる適切な外交手段が見あたらない。
 ドローン攻撃は、攻撃対象だけでなく周囲の市民を巻き込み、あらたなテロリスト予備軍を不可避的に作り出す。テロの根源はなくならず、世界全体が終わりのない戦争状態に突入していっているようにみえる。戦時は長期化し、緊急事態は永続化する可能性がある。

7 緊急権規定は濫用されてきた
 安倍首相は、緊急権規定は多くの国の憲法にもあると主張する。憲法に緊急権規定がある国も、ない国もある。英米法においては憲法自体に緊急権の規定はなく、コモン・ローや個別立法によって緊急事態が取り扱われてきた。
 他方で、大陸法のフランス、ドイツでは、フランス共和国憲法(第二、第四、第五共和制)、ドイツ帝国憲法、ヴァイマル憲法、ドイツ連邦共和国基本法に国家緊急権の規定が存在するのは事実である。
 しかし、緊急権規定はこれまでも濫用されてきたことを指摘しなければならない。まず、ドイツのワイマール憲法48条の大統領非常権限は、14年間に250回も濫用され、それが授権法を生み出し、立憲主義の死につながった。水島朝穂教授は、156回参議院憲法審査会において、ワイマール憲法の失敗から、「ドイツ基本法は、当初、緊急事態に関する規定を一切持たず、1968年改正で包括的な緊急事態規定が導入された際にも、その濫用を制限する安全装置がビルトインされた。ドイツ基本法の緊急事態条項には次の三つの安全装置が組み込まれている。(1) 緊急事態の認定権をぎりぎりまで議会に留保する、(2) 防衛事態等に際して市民に義務を課す場合に憲法改正に匹敵する連邦議会の投票の3分の2の賛成を必要とする、(3) ゼネストなど対内的緊急事態の概念を除外する(87a条4項の限定化)」と報告している。
 また、フランスでは、アルジェリア危機等を契機として1958年に制定された第五共和国憲法には、緊急事態において大統領に強大な権限を付与する第16条の規定とともに、第36条に合囲状態が規定された。ドゴール大統領は、1961年のアルジェリア危機の際に非常措置権を行使したが、内乱の終息後5か月も非常措置権を解除しなかった。
 このように、緊急事態条項は濫用される危険性があり、権力の座にあるものに抑制が欠けているときには、立憲主義を崩壊させる劇薬になりうる。

8 緊急事態条項を作らない決断から生まれる真剣な平和への努力
 日本国憲法9条は、戦争を放棄した。戦争を放棄し、緊急事態条項を持たないことによって、日本国憲法は国民が戦争を避け外交的な努力を通じて世界の平和を守ろうと努力することで、国の安全を保とうとする思想に立脚していると考えられる。
 小林直樹(東大教授 当時)は、『国家緊急権』(学陽書房、1979年)において、日本国憲法は、「旧体制の絶対主義的性格とミリタリズムの一掃をめざした画期的な平和=民主憲法であることによって、緊急権制度をあえて置かなかったと考える。」(同書181ページ)と解釈している。このような解釈は、先に引用した憲法制定議会における金森大臣の答弁とも合致する。この緊急事態条項を持たないという憲法の初心は、憲法9条の平和主義、そして言論表現の自由をはじめとする基本的人権を不可侵のものとして保障した自由主義と一体をなすものである。
 日本は、仏教の信徒が国民の大半を占め、いま世界に広がるキリスト教とイスラム教の間の宗教的な不寛容の高まりに対して、宗教的に中立的な立場に立つことのできる位置にいる。また、G8諸国の中で、中東戦争に従軍したことがなく、イランやアラブ諸国と比較的によい関係を保ってきた。
 このような外交的なポジションを活かし、寛容と話し合いを呼びかけ、テロの根源を克服し、紛争地域に平和を取り戻していくために地道な取り組むことこそが、日本国憲法の考え方であり、世界に戦争とテロのない社会を創り、日本みずからの平和を守る手段であると信ずる。

9 民主主義と立憲主義の命運を掛けた闘い
 安倍政権は、夏の参議院選挙(同日選か?)に勝利すれば、まず、緊急事態条項を憲法に取り入れ、戦争状態=緊急事態を作りだし、これを永続化すれば、国会=立法府の機能しない独裁体制を続けられると考えているのだ。
 諸外国にも国家緊急権制度はあるなどという説明にだまされてはならない。テロとの闘いは終わりのない戦争状態=緊急事態となりかねない。このような独裁政治の永続化を許してはならない。緊急事態条項を突破口とする安倍改憲に抗する闘いは、民主主義と立憲主義の命運を掛けた、絶対に負けられない闘いだ。

参考文献
・橋爪大三郎『国家緊急権』2014年 NHKブックス
・小林直樹『国家緊急権』1979年 学陽書房
・国立国会図書館調査及び立法考査局 『主要国における緊急事態への対処 : 総合調査報告書』2003年
・衆議院憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会『「非常事態と憲法」に関する基礎的資料』2003年
・衆憲資第87号 「『緊急事態』に関する資料」 平成25年5月 衆議院憲法審査会事務局
・富永健「国家緊急権の法制化について」(『憲法論叢』第3巻、関西憲法研究会、1996年、71-90頁)

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by himituho | 2016-02-04 11:04 | 弁護団メンバー記事
2016年 01月 08日

会計検査院と秘密保護法

 会計検査院が、秘密保護法が成立する前に、秘密保護法に憲法との関係で問題があると指摘していたが、その問題が今も残ったままであるという、下記ページの報道が最近ありました。
http://mainichi.jp/articles/20151208/k00/00m/040/176000c

すなわち、
① 秘密保護法によれば、ある情報を秘密に指定した行政機関が、当該情報の提供につき「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがある」と判断すれば、当該情報を会計検査に提出しないことができ、これが、国の収入支出の決算のすべてを会計監査院が検査することとしている憲法の規定に反する、と、会計検査院が内閣官房に指摘した
② 内閣官房は秘密保護法の修正に応じなかった
③ 会計検査院と内閣官房が協議した結果、会計検査院が情報提供を求めた場合には応じる旨を内閣官房が各省庁に通達することで合意し、秘密保護法は成立した
④ その後、その通達がまだ出ていない
というのです。

第二次大戦前、軍関係の予算の多くが会計検査の対象にならなかった反省から、憲法で、国の収入支出の決算のすべてを会計検査院が検査することとされたにもかかわらず、その検査ができない事態が秘密保護法により作られているといわなければなりません。

それにしても、約束を破っても、憲法に反してでも、国家が秘密を守りたい、というのは、本当に恐ろしいです。
(弁護士・藤原家康)


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by himituho | 2016-01-08 20:29 | 弁護団メンバー記事
2015年 08月 13日

小池晃議員が国会に出した文書をシェアすると秘密保護法に触れるのか?

報道によりますと、共産党の小池晃議員は、8月11日の参院特別委で、今年5月頃、防衛省統合幕僚監部が安保法案の成立を前提とする内部資料「『日米防衛協力のための指針』および平和安全法制関連法案について」を作成していたことを指摘して質問しました。
この資料には、8月に法案成立、来年2月ごろ施行と書かれていました。

委員会が紛糾して、審議がストップしたようですが、審議再開後、中谷防衛相は「同じ名前の資料は存在するが、細部まで特定するまでは時間がかかる」と回答。
小池議員は、国会で審議の真っ最中で、それを受けた今後の方向性を統幕が議論していいのかと突っ込みました。
中谷防衛相は「安保法案については国会の審議が第一で、法案が成立した後に検討すべきだと思います」と答弁したそうです。
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-7550.html

その問題の文書のPDFファイルがネット上に公開されていて、それをシェアすると特定秘密保護法に触れて処罰されるのではないかという不安があるようです。
http://www.a-koike.gr.jp/?p=2134
上記リンク先を見ますと、「取扱厳重注意」と書いてありまして、特定秘密なんじゃないか、これに触れることは危険なんじゃないかということのようです。

しかし、特定秘密に指定されたものは「特定秘密」と表示されることになっていますので、「取扱厳重注意」という表示ということは、特定秘密ではありません。
http://www.cas.go.jp/…/tokuteihimi…/pdf/h261014_siryou17.pdf
(リンク先4頁目の下段参照)

ところで、仮に、特定秘密だったらどうかということを考えてみましょう。
秘密取扱者ではない一般市民の方が処罰される可能性のある条文は、24条、25条ということになります。

24条は、不正な目的で、だましたり、暴行を加えたり、脅迫したり、窃盗、損壊、施設の侵入、盗聴、ハッキング、その他管理を害する行為によって秘密を取得した場合ということです。
そうすると、ネット上に流れているものをシェアすることは、これには当たりません。
対象となっている行為は、秘密の管理者から秘密を取得する行為の中で、特に不正な手段を用いた場合を処罰しているのですが、ネット上にあるものは、秘密の管理者から取得したわけではありません。

※逐条解説133頁以下参照。
http://www.cas.go.jp/jp/tokuteihimitsu/pdf/bessi_kaisetsu.pdf

25条は、23条1項で処罰している秘密の漏えいや、24条1項の秘密の不正取得等の共謀、教唆、扇動を処罰するものです。(秘密が漏れていなくても処罰します。おーこわ。)
しかし、やはり、ネット上にあるものをシェアするだけでは、共謀、教唆、扇動には当たりません。
したがって、処罰されることはありません。

刑法というものは、後から「これも犯罪だってことにしたから」と言って、そのとき犯罪でなかったものを、後から犯罪だったことにすることはできません。
予め定めていなければならないということになっています(罪刑法定主義)。
ですから、「ひょっとしたらこれも犯罪と言われるかも」ということを心配することはありません。

なお、シェアされているのを見て、「お前が秘密を盗み出してきてアップしたんだろう」と言う公安がいたとしたら、大変にスジが悪いと言わざるを得ません。
そもそも、秘密であることを知っていて取得してアップすると、自分の犯罪の証拠になるではありませんか。
本当に不正に取得した人がそのようなことをするとは考えられません。
そんなことを言ってきても、瞬殺です。

もしそんなことがあったら、秘密保護法対策弁護団までご相談ください。
(弁護士・内山宙)

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by himituho | 2015-08-13 22:53 | 弁護団メンバー記事
2015年 08月 03日

国会での「お答えを控える」政府

戦争法案の衆議院での審議の過程で、大臣や政府側参考人が「お答えは控えさせていただく」などとして答弁を拒否する姿勢がよく見受けられました。
具体的な想定事例や過去の戦争を例に挙げて法案の当てはめを問う質問に対して「仮定の質問なのでお答えを控える」というタイプもたくさんありまし た。

一方で、「大事な情報だから答えない」「資料を出さない」というタイプも散見されました。
といっても「特定秘密だから」と答弁するわけでもなく、ただ「お答えを控えたい」というだけ。法的根拠は示さないけれど答えたくない、と言っているのです。

国会会議録から答弁を一部抜粋してみました。

(1)「国際テロへの対処は日米共同計画の対象か」(2015/6/5衆議院特別委)

○赤嶺委員 (略)次は、日米新ガイドライン、これについて伺います。
 平時から緊急事態に至る日米間の共同計画を策定、更新するとしております。共同計画の対象に国際テロへの対処は含まれますか。
○深山政府参考人 (略)まことに申しわけありませんが、それ以上の共同計画の内容等詳細につきまして、またどういう事態が入るか入らないかにつ きましては、緊急事態における日米両国の対応にかかわるものでありますことから、お答えを差し控えさせていただきたいと考えております。
○赤嶺委員 (略)国際テロについて日米両国がどんな共同対処をしているかというのは、我々も報道等でいろいろ知り得る立場にあります。ガイドラ インの中で共同計画を平素からつくると言っている。これは、ガイドラインの中の一番目を引く部分でもあります。その中に、共同計画の対象に、対象 にですよ、共同計画にどんな国際テロ対処方針をつくっているかじゃないんです、共同計画の対象に国際テロへの対処は含まれますかと。これはごく常 識的な質問じゃないですか。国民みんなが思っていることじゃないですか。それに答えられないというのはおかしいじゃないですか。答えてください。
○中谷国務大臣 新ガイドラインのもとで日米両国が平時において共同計画策定メカニズムを通じて策定する共同計画の対象は、日本の平和と安全に関 する緊急事態でございます。
 これ以上、共同計画の内容等の詳細につきましては、緊急事態等における日米両国の対応にかかわるものでございますから、事柄の性質上、お答えは差し控えさせていただきたいということでございます。

(2)「自衛隊の部隊行動基準を改定するか否か」(2015/6/19 特別委)
※米軍の標準交戦規則では「敵対的行動」だけでなく「敵対的意図」に対しても武力攻撃できるとされている。今後、自衛隊の部隊行動基準も米軍と共 通化させられるのではないか、という懸念があると指摘されました。そしてこれに関連して、日米新ガイドラインの改定および安保関連法案が通ったら 自衛隊が部隊行動基準(ROE)を改定するかどうか、を宮本徹議員が質問。

○黒江政府参考人 お尋ねの部隊行動基準につきましては、これはまさに自衛隊の手のうちでございますので、個々具体的にその内容について、どのよ うなものを定めるのか等々につきましてお答えすることはできないということを御理解いただきたいと思います。
○宮本(徹)委員 いや、改定するのかどうか。全部明らかにしろなんて言っていないですよ。今回のガイドラインと法改正がもし行われた場合に、部隊行動基準を改定するのかどうかというのをお伺いしているんですよ。大臣、どうですか。
○黒江政府参考人 個別具体的なものに対しまして我々がどのような基準を設けるのかといったことも含めまして、これは我々の手のうちでございます ので、これをお答えすることはできないということをぜひ御理解いただきたいと思います。
○宮本(徹)委員 いや、できないとかなんとか言っていますけれども、日経新聞なんかの報道でも、ROEは今後改定することが報道されているじゃ ないですか。何でそのことも答えられないんですか、大臣。ROEを改定するんじゃないですか。
○中谷国務大臣 報道につきましてはいろいろな報道があるかもしれませんけれども、我が防衛省といたしましては、ROEについてお答えをするとい うことにつきましては、これは控えておくべきことだというふうに思っております。
○宮本(徹)委員 二〇一三年に安倍首相自身が、ROE改定は検討するということを国会で答弁されていますよ。何でそんなことも隠すのか。

(1)(2)で「お答えを控えた」のは、何でそんなことまで隠すの?と疑問になる内容です。
また、法的根拠は何なんでしょうか。秘密保護法ではないようです。
そもそも質問と答えがかみ合っていない点も気になります。

さらに、資料の提出をめぐっては次のようなやりとりもありました。

(3)「イラク復興支援活動行動史」
※「非戦闘地域」の枠組みをなくし、戦闘現場でなければどこでも外国軍の支援を可能にする内容の法案。審議の前提として、「非戦闘地域」を建前と していたイラクでの活動を明らかにする必要がある、として、辻元議員ら複数の議員が、イラク戦争での陸上自衛隊・航空自衛隊の活動内容や教訓、問題点などをまとめた報告書の提出を求めた。
ところが、防衛省は黒塗りの資料を提示。
完全な開示資料が世間には出回っているにもかかわらず、国会での提出要求に対しては黒塗り資料だけを提示していた。
衆議院での法案採決後に「完全版」をようやく提出。

「黒塗り版」と「完全版」は辻元清美議員のウェブサイトにアップされています。
http://www.kiyomi.gr.jp/blog/5969/

国会というのは国の最高機関であり、政策の議論の場です。国会議員は国民の代表です。そこにさえも法的根拠を示さず答弁を拒否する、「秘密」でないのに情報を出さない、という姿勢がありありと見えています。
こういう政府の姿勢を見るにつけ、本来隠すべきでない情報が「秘密」だとして一層隠されていく危険、秘密保護法が濫用されていく危険を強く感じます。
(弁護士・矢﨑暁子)

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by himituho | 2015-08-03 19:45 | 弁護団メンバー記事
2015年 07月 18日

戦争法案と特定秘密保護法 ―とてもキケンなカップルー

戦争法案と特定秘密保護法 ―とてもキケンなカップルー

最近、安全保障関連法案に関する情報が流れていますね~。安全保障関連法案と言う名の戦争法案です。日本を戦争に巻き込むことができる法案です。

現在、集団的自衛権が違憲か、合憲か。集団的自衛権は、必要か否か。
様々な観点からの議論があります。
ここに、もう1つ視点を増やしていただきたい。
それが、“政府は、特定秘密保護法と戦争法案を一体運用するのでは?”という視点です。

実は、2015(平成27)年7月1日衆議院平和安全法制特別委員会にて、中谷元防衛大臣は、次のような発言がありました。

「(集団的自衛権が必要と)認定する前提となった事実に特定秘密が含まれる場合も考えられますが、その場合には、特定秘密にかからない形で、国会や国民に必要な情報を可能な限り開示する。」
「情報源や具体的な数値そのものは明示しない形で情報を整理するなどして、特定秘密にかからないように根拠を示す。」

こんなような発言がありました。一見すると、情報公開してくれそうな文字が並んでいますよね。
騙されてはいけません。特定秘密保護法では、秘密の対象は“特定”されていません。政府が秘密にしたければ、“特定秘密”にできてしまいます。
つまり、正直どうでもいい情報だけ流して、情報公開をアピールする。他方、政府にとって、出したくない情報は、“特定秘密”にして、開示しない。そんなことだって、できてしまうのです。
結局、国民は、集団的自衛権の行使についてチェックできず、戦争に加担する、戦争に巻き込まれるという事態が起こり得るのです。

戦争法案と特定秘密保護法のカップルは、極めて危険です。
(弁護士・芦葉甫)

参考記事:2015(平成27)年7月17日東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/himitsuhogo/list/CK2015071702000204.html

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by himituho | 2015-07-18 16:56 | 弁護団メンバー記事


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