2018年 05月 31日

【声明】民主制と人権保障を破壊する緊急事態条項改憲に反対する声明

民主制と人権保障を破壊する緊急事態条項改憲に反対する声明
2018年5月28日
秘密保護法対策弁護団

1 自民党憲法改正推進本部案公表される
 3月25日,自由民主党憲法改正推進本部は,党大会において、憲法9条の改正などに加え、緊急事態対応について次のように提案している。
 すなわち、憲法73条の2として「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。」,憲法64条の2として,「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議員の出席議員の三分の二以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。」を「条文イメージ(たたき台素案)」として決定し,「今後、衆参憲法審査会や各党、有識者等の意見を踏まえ、具体的条文案の完成を目指す。」としている。憲法9条の改正には憲法の平和主義を掘り崩す重要な問題点が指摘されているが、緊急事態条項は、立憲主義と人権保障を根本から掘り崩す危険性がある。

2 災害には戦争災害も含まれる
 まず、自民党改憲案73条の2が適用される事態は,「大地震その他の異常かつ大規模な災害」とあり,一見「外部からの武力攻撃」や「大規模テロ・内乱」は対象に含まれないかのように読める。しかし、憲法改正推進本部のまとめにはこれらの事態も対象にすべきとの「意見」があったとされている。自民党自らが、自然災害に限定することを約束していないのである。
 国民保護法に「武力攻撃災害」が規定されているように,「災害」の中に外部からの武力攻撃・テロ・内乱等を含ませる解釈も十分可能であるし,「法律の定めるところにより」として包括的な法律への委任を定めているので、国民保護法のように,法律で外部からの武力攻撃・テロ・内乱等も「災害」と規定することも可能なのである。
 従って、この憲法改正案は、大規模自然災害に限られるとみるべきではなく戦争災害を含む緊急事態全般を想定した改正案だと見なければならない。

3 災害時に緊急事態政令は有害無益であり、改憲には立法事実がない
 大規模自然災害に対しては,既に災害対策基本法,大規模地震対策特別措置法,原子力災害特別措置法,新型インフルエンザ特別措置法,災害救助法,警察法,自衛隊法等の法律レベルでの対策が整備されている。災害対策において重要なことは事前の十分な準備と災害後におきる事態に即応した機敏な対応であり、それらはこれらの法律の解釈運用によって十分まかなうことができる。逆に、事前に準備していないことを、災害時に思いつきで対応しようとすると、現地のニーズに対応しない指示が出て混乱を招くことがある。このことは、福島原発事故の際に、メルトダウンの事実やSPEEDIによる被曝予測データが隠され、結果として飯舘村など汚染地域に長期に人が残る原因となり、無用な被曝を住民に強いたことからも、裏付けられる。
 このように、災害時にこそ、正しい情報を速やかに市民に知らせることこそが、市民の安全を図る上で重要である。「災害時の混乱を押さえるために」という名目で政府中枢に情報と権限を集中し、情報の流れを止め、知る権利を制約するような政令を出すことは百害あって一利なしであると言わざるをえない。
 外部からの武力攻撃・テロ・内乱等への対処についても、正確な情報を市民に知らせることが対処の基本であり、立憲主義が損なわれる危険を冒して市民の知る権利を制約することは、このような事態を市民の英知を活かして乗り越えることを不可能にしてしまう。

4 表現の自由・知る権利をはじめとする人権制限のやりたい放題に
 自民党改憲案73条の2が内閣に制定権を与える「政令」は,現行の憲法73条とは別に定めることからすると、同条に定める憲法や法律の規定を実施するための執行命令や法律の委任に基づいて定める委任命令ではなく「独立命令」と呼ばれるもので,法律と同一の効力を有する政令と解される。そして、自民党改憲案73条の2は、緊急時に内閣に立法権を与えるのと同じことになるため、いわゆる非常事態宣言時に政府が出す命令と同様の効果を持つことになると考えられる。日本においては、1923年の関東大震災の際に、朝鮮人が凶悪犯罪を画策しているとデマを流されて「治安維持の為にする罰則に関する件」という緊急勅令を出し、それを前身として治安維持法が制定され、その厳罰化のための緊急勅令が1928年に制定されている。
 ドイツでは、ヒトラーが1933年に政権をとると、国会を解散し、4年間の政権委任を訴える選挙キャンペーンを行い、この選挙中の2月27日にドイツ国会議事堂放火事件が発生した。この放火事件は、今日ではナチスによるものであったとする見解が有力であるが、ヒトラーは共産主義者によるものと濡れ衣を着せ、大統領に要請し、共産主義暴動の発生に対応するためとして、「民族と国家防衛のための緊急令」(まさにこれが緊急事態政令である)などを布告させた。ヒトラーはこの大統領令に基づいて、選挙期間中に国会議員を含む多数の共産党員・社会民主員を逮捕・予防拘禁した。国民からすると、いわば候補者の情報について知る権利が害されているという異常な選挙の結果、ナチスは288議席、連立を組む国家人民党は52議席を得て、議会の過半数を獲得した。そして、ヒトラーは共産党と社民党の議員が出席できない状態で、ポツダムにおいて3月21日議会を開き、「民族および国家の危難を除去するための法律案」(全権委任法・授権法)を国家人民党と共同で提出した。この法律は議会から立法権を政府に移譲し、政府の制定した法律は国会・第二院や大統領権限を除けば憲法に背反しても有効とするものであった。この法律は、形式的にはワイマール憲法の改正手続を践んでいるが、前後の経過と内容から見て、近代的な立憲主義を公然と否定した独裁立法であり、謀略と弾圧によって実現され、この体制はドイツの敗戦まで回復しなかったのである。
 また、近年のタイでは、非常事態宣言をすると、メディアを閉鎖することができてしまう体制となった(「タイのメディア規制」(2010年08月17日朝日夕刊))。首相時代のタクシン氏は名誉棄損罪や広報予算の配分でメディアに介入した。同氏が排除された06年クーデター後は、刑法の不敬罪適用が急増するなど反タクシン側による体制批判封じが強化された。07年にはコンピューター犯罪法が施行され、非常事態宣言下では治安当局がメディアの閉鎖などを命令できるようになった。そして、現在、議会が停止されているが、2018年11月には選挙が実施される見込みであるものの、極めて知る権利が制限されている中では、公正な選挙が行われるとは考えにくい。
 自民党改憲案73条の2の政令制定権発動の要件である,「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるとき」という事態の認定も内閣の専権に委ねられていて,戦争災害を含みうるし、国会あるいは議員・特別委員会の関与等民主的手続が全く規定されていない。
 政令制定の対象事項についても何等の限定がなく、言論・出版・放送・インターネット発信等の検閲・制約、刑事訴訟法に定めた身体拘束・家宅捜索・通信傍受など刑事手続における令状主義の保障の無効化など憲法に反する人権制限政令(立法)が作りたい放題となり、知る権利が侵害される可能性がある。
 草案では、事後に国会の承認が求められているが,承認を得られない場合に効力が失われるとされておらず,国会の承認を得るための短期間の具体的な期間の定めもない。議員の任期の特例と相まって政権与党の都合で人権を制約する政令の効力が永続する可能性があると言わなければならない。行政機関への民主的統制等が不可能となり、立憲主義が崩壊する可能性がある。そうした事態を避けるための歯止めが全く規定されていない。

5 緊急事態を理由に知る権利を制約すれば、国の進路を誤り、これを是正することができなくなる
 アメリカ軍がベトナムに本格的に介入するきっかけになった1964年8月の、北ベトナム海軍によるトンキン湾の魚雷攻撃事件の2回目は、いわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ」の中に「アメリカ側で仕組んで捏造した事件だった」と暴露されている。エルズバーグ氏が内部告発し、これをニューヨークタイムスとワシントンポストが報じたからこそ、ベトナム戦争の真相などがアメリカ国民に知られ、アメリカ国民は戦争を遂行し続けるかどうかについて、これらの正しい情報をもとに政策決定を下すことができたのである。国家安全保障に関わる秘密情報が公表されたことにより、正当な国家安全保障が図られたといえる。
 ひるがえって日本の場合はどうか。1931年9月18日、柳条湖(りゅうじょうこ)付近で、日本の所有する南満州鉄道の線路が爆破された。関東軍はこれを中国軍による犯行と発表することで、満州における軍事行動と占領の口実とした。しかし、この事件は、関東軍高級参謀板垣征四郎大佐と関東軍作戦主任参謀石原莞爾中佐らが仕組んだ謀略事件であった。国際連盟からは侵略行為と指摘されたが、日本では、太平洋戦争終結に至るまで、爆破は張学良ら東北軍の犯行と信じられていた。
 さらに、戦前の軍機保護法の下では、ミッドウェーの海戦で、かろうじて生還した息子の話を近親者に話したことが軍事上の秘密を漏洩したとして、検挙された。その話の内容は、「多くの戦艦が旧式で奇襲に適さなかった、新鋭艦「飛龍」のみが、先進艦隊と行動を共にしていた。被弾し、一時間で沈没、艦長は割腹自殺を遂げた。乗組員1500名中、生還したのはわずか5名である。飛行機の損害は100機をくだらない」などと言うものであった。戦況を伝えること自体が全面的に秘匿されていたことがわかる(「外事警察概況」八 昭和17年(横浜弁護士会「国家秘密法」168頁))。このような情報統制のもとで、日本国民は敗色の濃い無謀な戦争の真実を知ることができず、破滅への途を突き進んでいったのである。
 緊急事態であるから、人権を制限し、事態を秘密になければならないという発想は近代的な国民主権、知る権利の発想からはほど遠いものであり、国の進路を誤る間違った考え方であると言わざるを得ない。

6 人権保障回復のための制度的保障がない
 自民党改憲案73条の2のように、憲法で法律と同一の効力を有する政令制定権を認めた場合,国会の立法権が侵害され,かつ民主主義システムの回復が困難になるおそれもある。このように,基本的人権制約の可能性が高まるにもかかわらず,改正案には基本的人権侵害への歯止めがない。なお,内閣の政令制定権自体は,災害対策基本法や国民保護法において既により厳格な要件の下に認められている。

7 議員任期の特例は必要がない
 次に自民党改憲案64条の2が規定する議員の任期の特例については,適用される事態の認定を国会自身が行うこと,「法律の定めるところにより」設けることができること,任期特例のより延長できる期間の制限がないこと等が問題であり,これらについて憲法上の歯止めが全くない。
 政権維持のために「大地震その他の異常かつ大規模な災害」が利用されかねず,かつ是正する手段がない状態を生み出しかねない。
 現行の憲法,法律の規定を見ると,参議院の通常選挙の実施が困難な場合には選挙を延期しても非改選議員が二分の一在任しており議決に必要な定足数を充たすので参議院の審議に影響はない。衆議院の解散総選挙が困難な場合には参議院の緊急集会により対応できる。衆議院の解散総選挙・参議院の通常選挙が同時となった場合にも参議院の緊急集会で対応できる。そうすると、日本国憲法は、衆議院議員が全員存在せず、参議院も半分しか存在しないという場合まで想定し、許容しているというべきなのである。
 なお,衆議院の任期満了による選挙は日本国憲法下で一度しか行われておらず,かつ選挙が延期となった事態は阪神淡路大震災と東日本大震災の二回だけであり,衆議院の任期満了選挙と大震災が重なる確率は極めて低い。こうした極めて例外的な場合であっても,公職選挙法57条の規定する繰延投票の制度,あるいは法律の改正により具体的事態に即した対処を図ることが考えられる。いずれにしても,立憲主義が損なわれる危険を冒してまで憲法で議員の任期の特例を規定する必要性は全くない。
 この自民党改憲案64条の2についても、対象は大規模自然災害に限られないことは,「大地震その他の異常かつ大規模な災害により」という規定は自民党改憲案73条の2と同様である。

8 国際人権基準にも反する
 国際人権法では自由権規約第4条において緊急事態における人権規定の一時的な効力の停止について定められている。しかし、同条では、限界と手続きを明確に規定して、政府による恣意的な判断を可能な限り排除している。
 第一に、自由権規約4条1項では「事態の緊急性が真に必要とする限度において」という文言で比例原則の厳格な適用が明確にされており、第二に、同項では「人種、皮膚の色、性、言語、宗教又は社会的出身のみを理由とする差別を含んではならない」との無差別原則も明確にされている。
 さらに第三として、同条2項では、「生命に対する権利(自由権規約6条)」、「拷問等の禁止(7条)」、「奴隷制度等の禁止(8条)」、「契約不履行を理由とする拘禁の禁止(11条)」、「刑罰不遡及の原則(15条)」、「人として認められる権利(16条)」、「思想良心、宗教の自由(18条)」といった効力を停止することのできない重要な人権を明確にしている。
 しかし、改正案73条の2には、これらの緊急事態条項の効果に対する限界が明確に定められておらず、特に自由権規約4条2項のように、緊急事態であっても効力が停止できない人権条項を明確にしていない点において、自由権規約に反するといわざるを得ない。
 自由権規約4条2項では、「知る権利」(19条2項)が明記されていないが、柳条湖事件・トンキン湾事件(ベトナム戦争)・イラク戦争(大量破壊兵器所持疑惑)における軍事情報に関する情報隠し、ならびにチェルノブイリ原発事故及び福島第一原発事における放射能汚染に関する情報隠しによって、甚大な被害が生じてきた現代史の経験に鑑みれば、現代において、「知る権利」もまた緊急事態においても効力を停止しえない権利として、同項に明記されるべきことは明らかである。
 国連自由権規約委員会は、2019年に日本政府第7回報告書審査を予定しており、その討議事項(リストオブイシューズ)として緊急事態条項も挙げられているところである。当弁護団としては、当審査にあたって、他の市民団体とともに改正案の問題点とともに、「知る権利」の現代的意義を踏まえた自由権規約4条2項の解釈がなされるべきであることを、国連に対して強く訴えていく構えである。

9 我々は立憲主義を破壊し、基本的人権保障のシステムを不可逆的に破壊する改憲案に反対する
 よって、秘密保護法対策弁護団は,自由民主党憲法改正推進本部が示した憲法第73条の2,第64条の2を内容とする緊急事態に対処する憲法改正は、国民の知る権利・表現の自由を中核とする人権保障制度の根幹を崩壊させる危険性があり、これに強く反対する。
以 上

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by himituho | 2018-05-31 17:34 | 弁護団の声明など


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